ラグビー

2009年10月27日 (火曜日)

トラーイ!!

 いい天気でした。やや風が強かったものの、空は澄み渡り、雪化粧した大雪山系が遙か遠くに見えました。

 25日の日曜日は、深川ラガーとの定期戦でした。10月の終わりの深川での定期戦は、過去2度ほど寒波に襲われたことがあり、つらい雪中ラグビーとして語り草になっています。雪が積もってラインが見えなくなってしまっても試合をしたこともあります。今年ももしや、と心配してましたが、全くの杞憂に終わりました。

 試合は、深川の若手に新型インフルの流行などがあったようで、20分×3本で行いました。深川がメンバーがそろわなかったこともあってか、バーバリアンズの大勝でした。

 私も2本のトライをさせていただきました。ともにゴール前の密集でボールがこぼれてきたところを、華麗なステップ?で並み居るディフェンスを切り裂きました。我ながら「天晴れ」のトライでした。1本目は左に開いて、タックルに来たところで、右手に持っていたボールを左手に持ち替え、ハンドオフでかわしました。2本目も似たような場面から3人のデフェンスがいたところで2人をかわし、最後にタックルに来たところを、止まってかわし、悠々ゴールに駆け込みました。熟練の技でした。

 締めくくりは何と、50代の某放送局の名アナウンサーのNさんのトライでした。まだまだ、元気です。

 試合後は、深川のみんさんのご厚意でバーベキューを囲んで歓談しました。日がとっぷりと暮れたところで解散しました。深川のみなさん、ありがとうございました。

 この日の深川往復で、初めて上限1000円のETC割引を使いました。岩見沢から深川まで1000円はありがたみが大きい。しかも混雑はありませんでした。苫小牧から深川は往復で300㌔でした。

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2009年10月20日 (火曜日)

大変

 日曜日(18日)の札幌クラブとの試合で、定山渓の仙人さまことMさんが肋骨3本を折る大怪我をしました。現役のプレーヤーでは還暦超えのボロ雑巾さまと並ぶバーバリアンズの長老です。ゴールラインを死守しようとして体を張り、下敷きになったようでした。レントゲン撮影で骨が折れた部分が写っていたそうですから、よくある肋軟骨の骨折ではないようです。お大事にというほか、言葉がありません。

 この日は試合後に選手に、芝生のはげた部分に種入りの土を入れてもらう「目土」入れをしてもらいました。北日本ターフマネジメントのS専務の助言に従い、一輪車1台分に2握りの見当で選手数人にやってもらいました。

 定山渓での試合は最後になるかもしれませんが、練習は雪が積もるまで続く予定です。来季に向けては、試合や練習の後に芝生がはげた場所に一輪車1台分の目土を入れてもらえるよう環境づくりをしたいと思っています。

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2009年9月28日 (月曜日)

快勝

 27日は札幌月寒ラグビー場にタマリバクラブを迎えた東日本クラブトップリーグの試合がありました。バーバリアンズは30-5で快勝しました。タマリバ戦の勝利は8年前くらいの東日本大会決勝以来です。

 スコアは完勝でしたが、試合はタマリバが攻め、バーバリアンズがこらえて、切り返す展開。タマリバはラストパスが何度か乱れて、1トライのみに終わりました。見た感じのボール保持率はタマリバ8、バーバリアンズ2ぐらいでなかったでしょうか。

 バーバリアンズが順調に勝っていけば、タマリバとは東日本の決勝トーナメント、あるいは全国クラブ選手権で再び対戦することになりそうです。今回は連戦連敗の呪縛を破った試合になるといいですね。

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2009年9月14日 (月曜日)

NPO10周年記念式典

G0913meeting  13日の日曜日は、バーバリアンズのNPO法人認証10周年記念行事が定山渓グラウンド、クラブハウスで行われました。

 1999年6月に全国のスポーツ団体として初の認証を受けてから10年がたちました。クラブとして不動産などの資産を持つことが可能になる法人制度ということで注目し、手を挙げたたものですが、当時はよく「何になるの」「何のために」という質問をされました。その時は「将来にグラウンドとクラブハウスを持つためのステップとなるもの」「志をNPOという形に表したもの」というのような説明をしていました。

 思い返せば、小さな一歩が定山渓グラウンドの取得という形につながったのです。こんなにうまくいこともあるのですね。

G0912game1  この日は実に行事が盛りだくさんでした。午前10時からの田尻クラブキャプテンの記念講演に始まり、グラウンドでは東日本トップクラブリーグのバーバリアンズ-高麗戦、北海道クラブ選手権のバーバリアンズB-札幌クラブの2試合、さらに午前11時からクラブハウス前広場で大バーベキュー大会が行われました。クラブのメンバー、ジュニアの父母のみなさんを含めて文字通り総力戦で10周年記念イベントに当たりました。ちなみに私は試合の写真を撮っていました。

 関東ラグビー協会の関係者、定山渓の地域の方々など300人あまりがイベントに参加され、盛況のうちに終わりました。バーバリアンズというクラブが地域の一員として認められた手応えを感じました。社会的存在として認知されたという意味でも今回のイベントは意義深いものになったと思います。

G0912sunsetl  バーベキューの撤収などすべての作業を終えたのが午後6時過ぎでした。バーベキューを担当したUさんは午前9時から立ちっぱなしだったそうです。クラブハウスを出る間際には幻想的な夕焼けが見られました。

ちなみに今日14日はひどい寝不足ですwobbly

 

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2009年9月 8日 (火曜日)

タックルマンのプライド

 6日の日曜日は定山渓で、サッテツBとのヒグマリーグの試合がありました。8月24日のオーバー35大会以来で、1試合を通して出るのは1カ月ぶりでした。最近の体調に合わせて、目立たぬようにそろりと出ました。

 試合はサッテツの優勢ながら、バーバーズもトライを許さず、拮抗した戦いとなりました。先制トライを許した後、連続攻撃からI山さんが美しいトライを決めて、ゴールも決まり、7-5で逆転(たぶん)しました。

 これからが勝負というところ。PKから相手ボールの自陣5mラインアウト。サッテツはバックス展開からセンターが絶妙のタイミングでカットバック、タックルに行ったボロ雑巾さまもかわされ、トライを許してしまいました。するとボロ雑巾さまは「ごめん」と一言。責任を感じてか、みるみる表情が暗くなっていきました。相手はAチームの試合に出ていた選手でした。

 直後のキックオフ。相手陣から一気に回され、また、悪いことに相手の一番速い選手がまたもボロ雑巾さまを振り切ってしまいました。他の人がタックルに行っても止められないような見事なスピードで相手は入ってきたので相手がよかったとしか言いようがなかったのですが、さらにボロ雑巾さまの表情が暗くなってしまいました。

 相手はAの現役選手。タックルを外されても相手が悪かったと思えばいいこと、そこまで責任を感じなくてもいいのでは私は思ったのですが、タックルマンのプライドが許さないのでしょう。そうでなければ60歳になっても若者と一緒に体をぶつけ合うことはできません。どんな試合、相手でも全力で挑み、年のせいにしない。いつまでも元気でプレーできる秘訣を見せつけられました。

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2009年8月25日 (火曜日)

老兵は去るのみ

 23日の日曜日は千歳でオーバー35歳大会が開かれました。バーバリアンズからは2チームが参加しました。今年は若手が出場するとあって、私は年寄り組に入りました。夜勤明けでとても午前8時の集合時間に行く気力もなく、10時に遅れてグラウンドに着くと、すでに1回戦で敗れ、コンソレーションの試合だけでした。10分ハーフの試合に出て、この日は終わりました。

 ちなみ若手組は久しぶりに優勝しました。先輩のNさんと話したのですが、いかにオーバー35とはいえ、最も若い人はNさんが高校3年生の時に生まれた人たちです。いつまでもやれると思うのは自分だけ。老兵は消え去るのみのようです。

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2009年8月 9日 (日曜日)

バーバリアンズの出番!?

 2019年のラグビーW杯日本開催決定に絡んで、8日の北海道新聞にこんな記事が出ていました。

札幌ドーム ラグビーW杯へはや準備 芝修復、日程調整など課題

 ラグビーの2019年ワールドカップ(W杯)の日本開催が決まったのを受け、試合会場の候補地となる
札幌ドーム(札幌市豊平区)は早々と準備に乗り出した。ドームではラグビーの試合の経験がなく、天然芝の早期修復やゴールポストの設置方法などの課題が浮上。担当者をラグビー専用競技場に派遣するなどして万全の体制を整えたい考えだ。市もラグビーの国際大会誘致を検討する。
 一番の課題は天然芝の管理。サッカーに比べ、ラグビーはスパイクのピンが長く、スクラムやモール、ラックなど、激しいプレーも多くて芝が傷みやすい。ドームを管理・運営する第三セクターの
札幌ドームは「根元から掘り返される芝を早期に修復する技術の習得が必要」(施設部)として、全国高校ラグビー大会の会場となる大阪・花園ラグビー場などへの担当者派遣を検討している。
 また、ドームの天然芝は移動式でゴールポストを地中深くに埋めることができないため、天井からワイヤなどでつるすアイデアが浮上している。
 日程の問題もある。ラグビーW杯は9~10月に行われる予定で、プロ野球やJリーグの試合に重なる。北海道日本ハムやコンサドーレ札幌の試合との調整が必要になりそうだ。
 札幌市は「ドームで国際試合を開催したり、道内他都市と連携してW杯参加国の合宿を誘致するなどし、知名度アップや経済効果につなげていきたい」(スポーツ部)と話している。

 芝の種類が違う花園に何を聞きに行くのでしょうかね。札幌ドームの担当者はどこを見ているのでしょうか。物見遊山の関西旅行でもするつもりでしょうか。

 札幌ドームの芝をつくった北日本ターフマネジメントのS専務がいま、ラグビーの芝生グラウンドづくりを実践しているというのに。灯台もと暗し。

 いよいよ定山渓グラウンド、バーバリアンズの出番。というより、S専務の出番です。ますますよい芝生のグラウンドにしなければなりません。

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2009年8月 5日 (水曜日)

とほほ2

 いろいろやることがあって更新が遅れてしまいましたrain

 1日の土曜日に東京の高麗クラブが定山渓に遠征に来ました。9月の東日本トップクラブリーグに向けた遠征合宿でした。Aチームの対戦の後、おじさんたちも加わっての試合がありました。

 試合はノーガードの撃ちあいのトライの奪い合いになり、負けました。これで遠征相手の試合はくるみ、六甲に続き3連敗です。私はいたずらに無駄走りをしていました。体調不調の折、この日もスクラムはノーコンテストで助かりました。

 アフターマッチファンクションは、久しぶりに羊の丸焼きが登場して遠来のみなさんと交流を深めました。2週連続の錦渓での宿泊で、高麗の方々の熱い思いに触れることができました。

 ただ、先週の鍵紛失に続いて、今回はメガネが歪んでしまい、直そうとしたところフレームがぽっきり折れてしまいました。痛い。定山渓には魔物が棲んでいるのかも。

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2009年7月27日 (月曜日)

試合は負け、ボロ雑巾様は完勝

 25日は六甲クラブが遠征してきました。連日の雨でしたが、生まれ変わった定山渓グラウンドは持ちこたえていました。以前なら再生不能になったことでしょうが、部分的な荒れた程度で済んだような気がしました。

 ただ、植えたばかりの芝で溶けたように枯れているところがありました。病気でしょうか。そろそろ雨も終わりになってほしいのですが、しばらく続きそうです。

 試合は、Aの対戦はバーバリアンズが、もう1試合は六甲が勝ちました。おじさんたちが出場した試合後、ぼろ雑巾さまに駆け寄る人がいました。「私より年上だと思っていました。52歳です」と握手を求められたそうです。ボロ雑巾さまは「私は61歳です」と答えたそうです。元気自慢はボロ雑巾さまの圧勝だったようです。

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2009年7月 6日 (月曜日)

北海道選手権

 4、5の両日は北海道選手権のため、定山渓に泊まり込みでした。バーバリアンズの定山渓組のCチームとコルツは1回戦を勝ちましたが、準決勝はともに土壇場の逆転で敗れました。ともに試合の主導権を握りながら、決め手を欠き、最後に反撃を許してしまいました。また、来年ということです。

 定山渓ではメーングラウンド、サブグラウンドの2会場で、2日間で18試合が行われました。グラウンドの芝生の方は何とか持ったようでしたが、駐車場がパンクしてしまいました。周囲のホテルの駐車場に無断駐車したり、所定の場所に停めなかったりで、本部には苦情が多数あったようです。2日目は当初、借りていた駐車場の使用を断られてしまい、急きょ、クラブハウス前の広場を駐車場にしました。ここに50台近くが入りましたので、何とか急場をしのぐことができたようです。バーバリアンズのメンバーも2日目は朝から駐車場の整理係に出て、対応に追われました。そのため、コルツの試合を見ることができないメンバーも出ました。私も試合前1時間を切ってからようやく交代のメンバーが来て、アップを始めることができました。

 昨日の感じでは、駐車場の収容能力ぎりぎりだったと思います。来年以降、使いやすい駐車場の確保と整理要員が必須となると思います。使いやすい近隣のホテルの駐車場を借りる、あるいは、通行証を出してなるべく分乗して来てもらう措置が必要になるかもしれません。将来的には、定山渓のホテルに泊まってもらってそこから用具係を除いては、歩いて来てもらうような形ができれば、自然と駐車場問題は解決して行くとも思います。

 ところで、今回初めて大会中に定山渓で泊まりました。宿泊先はいつものクラブ錦渓です。移動時間もなく、すぐに温泉に入れて、睡眠時間もとれて、個人的には非常に楽でした。今回は事前の周知不足もあったのか、意外に宿泊者は少なかったのですが、これはやみつきになります。

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2009年5月25日 (月曜日)

今季初試合

G0524mg1  24日は今季初めて、定山渓グラウンドで試合がありました。バーバリアンズ3試合に、札医大-東海大の計4試合です。晴天の下、気持ちいい日でした。私自身は、首から肩にかけての痛みがあって、スクラムで大苦戦で、ミス連発でしたが。脇に重機が置かれる中、青々したグラウンドで、100人以上がプレーを楽しみました。帰りは温泉で汗を流して帰りました。

G0524cr1 G0524cr2  サブグランドでは、クリケット講習会が開かれました。家族で参加した10人ほどが英国上流階級のスポーツを楽しみました。

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2009年5月10日 (日曜日)

3試合

 きょうは千歳の青葉公園で試合がありました。苫小牧の隣町なので午前10時集合にもかかわらず、時間に余裕を持って家を出ました。

 10年ほど前は1日に3試合をやるのが当たり前でしたが、諸般の事情があってここ数年は2試合でやっていました。それではいけないのでないか、という声が出てきて、今季は1日3試合を組む方向でやることになりました。

 今日はその最初の日です。大成功だったのではないでしょうか。新しい人がたくさんいて、誰が誰なのか分からない状態でしたが、すきあらば2試合でも3試合でも出たいというメンバーも少なくなく、非常にいい雰囲気でした。バーバリアンズ復活といったら言い過ぎでしょうか。

 これからメンバー集めの苦労もあるとは思いますが、続けたいものです。元気のいい若手を見ていると、おじさんも一緒にやってみたい、と思いました。来週からは2試合目を狙っていきます。

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2009年5月 7日 (木曜日)

5月3日の試合

 3日は学生クラブチームのフラテと試合をしました。おじさんプラス試合をしたい若手というか、試合をしたい若手プラスおじさんという方が正しいような陣容でした。

 相手のフラテは10年ほど前は北海道選手権に2チームを出していた、道内有数の学生クラブでした。しかし、残念ながらこの日は選手が足りず、バーバリアンズから2−3人の選手を貸しての試合となりました。ラグビー人口の減少が著しい昨今は、こういうことが多くなっています。寂しい限りです。相手側としては、バーバリアンズなら選手不足でもやってくれるという事情があるのかもしれません。今後はある大会まで選手を貸し出すという方法がでてくるのかもしれません。

 試合の方は、バーバリアンズの強さと弱さが見えた試合でした。前半はバーバリアンズで後半の一部からフラテで出ましたが、バーバリアンズは走力、体力、技術の基礎体力はあるのだが、トライに結びつかない、トライを取るためのイメージが出来ていないプレーの連増でした。まるで体力ゲームをしているようで、前回の札医大戦に比べて、非常に疲れました。数人入ったバーバリアンズの主力選手でも同じなのですからたちが悪いのです。正直言って主力があの程度では全国で勝つのは難しいでしょう。この荒削りな選手を鍛えて、チームにまとめていけるのか、コーチ陣の力量に期待するとしましょう。

 フラテの方は人数が少ないということで、大したことないのかなと思っていましたが、ポイント、ポイントでまとまりのあるチームでした。

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2009年5月 1日 (金曜日)

初試合

 29日は定山渓で北日本ターフのSさんにグラウンドを見ていただいたあと、札幌市北区の札幌医大グラウンドでの今季初試合に出ました。

G0429mg1 G0429mg2  先週末に肥料を撒いた後のグラウンドは、気温の上昇とともに青みが増したようでした。メーングラウンドは大分乾いてきて、いい状態になるまであと少しというところでした。昨日からの陽気でいつでもokという状態になったでしょう。

G0429bg  野球場の方は、昨年の秋の天気が良かったせいか、内野はかなり状態がよくなりました。少し荒れたアメリカの野球グラウンドといった風情を醸し出しています。グラウンドを見ていただいたSさんからも「内野は良くなりましたね」とのお言葉をいただき、「そうですか」と思わず返事がうわずってしまいました。

 手入れも本格化する時期ですが、Sさんからは、作業に掛かる前に、作業の支障となる枝の剪定などをした方がよいとのアドバイスを受けました。グラウンドの周囲を含めて、どこの部分にどの程度まで手を入れていくか、シーズン入り前に明確にしておいた方が良いとのことでした。後は土手の芝の管理で秘策を教えていただきました。

 あまり芝を伸ばさないで、青々した状態を保つには、化成肥料ではなく、硫安や尿素をごく少量使う方法もあるそうです。この肥料にはカリ成分が少なく?、草丈の生長が抑えられ、その分、刈り込みを少なくすることができるという話だったと思います。撒く量は、1㎡当たり5-10gだそうです。絶対ダメなのは撒きすぎだそうです。大変なことになるそうです。これまで肥料もやっていない土手や道路脇には、この方法を試してみようと思います。何でもかんでも高度化成肥料を撒けばいいという話ではよいという話ではないそうです。

G0429tarumae  ところでこの日は本当に気分の良い天気でした。苫小牧から定山渓に向かう途中の支笏湖には、樽前山、風不死岳、恵庭岳が湖面に映えていました。

 試合の方は、ちょっと忙しくて体を動かせなかったので、いい働きはできませんでした。定年退職後、初めての試合に臨んだボロ雑巾様は試し運転で10分ちょっとの出場にとどまりました。

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2009年3月 1日 (日曜日)

日本選手権決勝

 昨日(28日)の日本選手権決勝は、2年連続優勝を飾った三洋の戦いぶりが見事でした。前半はサントリーのものすごい気迫と出足を受け止め、後半は一気に決めてしまいました。サントリーは後半開始直後の絶好のチャンスでのノックオンがトライになっていれば、流れが来ていたかもしれませんが…。

 サントリーは、前半の最後の10分(くらい?)に連続で犯した反則が痛かった。ゴール前まで攻め込みながら、反則。次のプレーでも反則で、一気に自陣ゴール前まで戻されてしまいました。あそこで3点でも取っていれば、後半はもっと余裕を持って、展開することができたかもしれません。しっかり守っていれば、チャンスが来るという典型のような試合でした。三洋は1対1が強いですね。

 三洋の優勝は文句のつけようのないものでしたが、後半絶好調だった東芝の辞退がなければ、どうしても思ってしまいます。

 高校野球みたいに連帯責任を取るというのはどうも好きになれません。プロであれば、あくまでも個人が責任を取るということが基本でなければならないはずです。ただ、プロ・アマ混在で、しかも短期間に選手の不祥事が相次いでしまった今回の東芝の場合は辞退もやむを得なかったという気もしています。

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2009年2月13日 (金曜日)

YCACオーバー35大会

 11日に横浜・YCACで開かれたオーバー35大会に出ました。昨年秋に北海道遠征をしていただいたくるみクラブのみなさんとも再会できました。

Ycacteam バーバリアンズは北海道からの遠征組、首都圏のメンバーを含めて、試合途中でメンバーが総入れ替えしてもなお2人も余る32人が参加しました。また、今年はバックス陣に規定年齢に達した山崎、小松、渡辺、鈴木玄らの切り札が加わり、初優勝も狙える布陣となりました。

 大会は8チームによるトーナメント戦から、今年から12チームが参加して、3チームによる1次リーグを行い、各ブロック順位ごとのトーナメントで争う形に拡大されました。バーバリアンズは1次リーグでジェントルジャイアント、昨年の初戦で苦杯をなめた東京民放連と対戦しました。

 初戦のジェントルジャイアントは初出場でどんなチームか全く分かりませんでしたが、なかなかまとまったチームでした。幸先良くトライを奪ったのものの、20分一本の試合の前半の終わりは押し込まれ、粘ったと末にトライを奪われ、何とか7-5でメンバーチェンジ。後半組は相手の勢いをうまく殺して、ディーンのタックルからトライして何とか勝利を収めました。

 2試合目の東京民放連戦も、前半組の高速バックスが空回りして1トライにとどまる中、高齢者の後半組も健闘して、快勝しました。ナンバー8で出たディーンが、ハーフライン付近から相手タックルを蹴散らして独走しましたが、痛恨のインゴールノックオンもありました。バーバリアンズらしからぬ試合巧者ぶりで2連勝。各ブロック1位による決勝トーナメント準決勝に進みました。

 準決勝は、このところことごとく負けているホストのYCACでした。必勝態勢で臨みましたが、前半に1トライ・ゴールを許しましたが、後半は反撃。トライを返しましたが、ゴールが外れ、5-7。あと少しでという場面もありましたが、試合終了。今年も壁を越えることはできませんでした。試合は盛り上がりました。

 私が初めてYCACを訪れたのは、1987年でした。20年以上も前です。その後、東京に転勤して参加させてもらったくるみクラブのオーバー30以上の チームで、始まった当時のオーバー35大会に出させてもらいました。当時は三十代前半でしたが、いつの間にか五十歳に近い歳になりました。いつまでも若い つもりでしたが、今年で定年退職のTさんにはおよびませんが、いつのまにやら「まだあの人やっているんだ」と言われるような年代になったようです。ただ、プレーの方は、年明けからの体作りが功を奏したのか、首の不安がありませんでした。

Ycacng ところでYCACのグラウンドが人工芝に変わっていました。YCACは相当の費用をかけて芝生の維持に努めていたようですが、ついに人工芝のを選ぶに至ったようです。グラウンドには、ラグビー、サッカー、ハンドボール、さらには野球などの各種競技のラインがいろいろな色で引かれていました。ラグビーが白、サッカーは黄色でした。

Ycacfinal  YCACのグラウンドが青々とした芝生に覆われていたという記憶は残念ながらありませんが、芝は訪れる度に良くなったり悪くなったりを繰り返していました。人工芝になって、しばらくは良好な状態で試合ができることになると思います。小耳に挟んだことですが、人工芝化に伴い、YCACでは外部にグラウンド広く貸しているそうです。人工芝は酷使に耐えるので、そうした地域開放も可能になるのでしょう。

 ただ、日本にラグビー文化を伝えたYCACの歴史とその役割の大きさを考えますと、人工芝化によって、自然の芝生のグラウンドでプレーをするという一つの文化が消えてしまったようで、一抹の寂しさを感じました。

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2009年2月 9日 (月曜日)

オシムの教え子

 旧聞の話ですが、昨年の暮れに日本経済新聞のスポーツ面で、フランスのサッカークラブ「グルノーブル・フット38」のゼネラルマネジャーを務める祖母井(うばがい)秀隆氏を取り上げた連載記事「サッカー欧州クラブ事情 グルノーブルと祖母井」が連載されていました。グラウンドの維持管理やクラブづくりの面でも感心したことがありましたので、長文ながら引用させていただきます。

 昨季の開幕前、ブルノーブル・フット38の選手は公園でクロスカントリー・トレーニングを行っていた。ゼネラルマネジャー(GM、当時)の祖母井秀隆は給水地点にペットボトルが散らかっているのではないかと気になって足を運んだ。すると監督のメシャ・バズダレビッチがすでに片づけを終えていた。
 そのとき祖母井は新監督への信頼を深めたという。練習が終わると、バズダレビッチは必ず自分で芝のめくれた部分を踏み固める。用具を大事に扱う。監督は語る。「そういった細かな部分が重要なのです。選手は私を見てまねをするようになる。そういうことがきちんとできるチームでなければ、プレー面の規律も保てない」
 技術、戦術より先に授けるべき大切なことがある。祖母井の考えも共通している。2007年春のGM就任早々、クラブハウス内の用具室の散らかり具合が我慢ならず、練習用具が収容しやすいように改良を施した。<略>身の回りを整え、気持ちのいい空間をつくることで、選手に誇りを持たせ、規律をもたらす。
 祖母井の目配りは育成組織にも及んでいる。宿舎のロッカーがへこんでいるのを見つけると、選手たちに3度にわたって諭した。「自分のシューズだったら大事にするだろう。クラブのものも同じじゃないのかい」
 2人の教えは見事に浸透している。バズダレビッチが余ったテレビを持ち込むと、選手たちは談話室をつくった。棚の雑誌はきれいに整えられている。バズダレビッチは強調する。「このクラブはきちんとオーガナイズされていなかった。私の仕事は家をつくるようなもの。私がいる間は1階しかできないかもしれないが、プロクラブとはこういうものだということを残していきたい」
 <略>昨季2部で3位につけ、45年ぶりの1部昇格を果たした。
 恩師のイビチャ・オシムから大きな影響を受けたいうバズダレビッチはこう話す。「いい監督になるにはとにかくサッカーが好きで、絶えずサッカーのことを考えていなければならない。チームには毎日、何か問題が起きる。休息日だからといって、施行をサッカーから遮断することはできないのです」
 この監督はいい加減な姿勢でサッカーに向き合ったりしない。だから選手たちが一つの方向を向く。

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2009年1月12日 (月曜日)

敗退

 バーバリアンズは12日の全国クラブ大会準決勝でタマリバクラブと対戦し、8-29(3-14、5-15)で敗れました。今季は久しぶりの無冠に終わりました。

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負けるべくして…

 10日の全国大学選手権決勝は、私の予想通りに早大が帝京に雪辱して、2年連続の大学日本一に輝きました。

 それにしても帝京は2度のシンビンが痛かった。帝京は最初に早大からシンビンが出たところで、攻めに出なければならなかったところで、不用意な反則で自陣に、自ら戻り、同点に追いつかれた挙げ句、今度はシンビンの選手を出して逆転まで許してしまいました。

 風下の前半をしのいで後半勝負という、ゲームプランだったのでしょうか。早大の選手が一時退場となったところで、気持ちにすきができたのか、積極性を欠いてしまいました。前半は3点のリードでよいと、選手が考えてしまったようにも見えました。あそこで自慢の大型フォワードで一気呵成に攻め込んでいれば、という流れことでしたが、「試合の流れが自分たちの方に来ている、よし大事に行こう」と瞬間に、勝利の女神は気まぐれにも早大の方に微笑んでしまいました。

 最も痛かったのは、中央付近からキックを追う早大の選手を邪魔したフォワードの選手のオブストラクションと思われる反則でした。ゴール前に釘付けにされる原因となったもので、まったく不要なものでした。その後の反則の連鎖は、キープレーヤーのツイのシンビンに至ります。その後も不注意な反則を繰り返し、まさに自滅でした。

 それにしても、リスク承知で最初から最後まで積極果敢に攻めた早大は見事でした。帝京は初の決勝で舞い上がっていたのか、後半30分まで何もしないままに過ごしてしまいました。早大が見事に気迫を勝ちに結びつけたのに比べて、帝京は気迫が空回りという表現もできないような、不完全燃焼の試合ぶりでした。これが伝統といいますか、背負っているものの違いなのでしょうか。

 11日のトップリーグの三洋-トヨタ戦でも同じようなものがありました。14点をリードしたトヨタでしたが、後半の中盤からは不用意な反則のオンパレードで、逆転を許したのもゴール前のPGでした。途中までトヨタが勝つと思うような試合展開だったのですが、勝利を自ら手放してしまったという内容でした。

 早大といい、三洋といい、勝てそうで勝てないチームと勝つチームの違いが際だった試合でありました。

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2009年1月 3日 (土曜日)

大学選手権準決勝

 2日は大学選手権の準決勝に間に合うように、実家から苫小牧に戻りました。

 第一試合は東海大に期待大だったのですが、予想通りに早大に屈しました。早大のこの試合にかける気持ちと集中力が上回りました。東海大は一年生のスタンドオフが経験不足でした。思い切り前に出てくるディフェンスをしてきた早大は、強風に加えてややキック処理が雑なところが出ていただけに、ハイパントなどキックを交えて後ろに下がらせる工夫があれば、展開が変わったのかもしれません。また、小細工せずに自分たちがやってきたラグビーを最後までやり続けた東海大にも悔いはなかったでしょう。

 第2試合は、帝京FWが法大を蹴散らしました。法政のパス名人のスタンドオフも試合をコントロールはできませんでした。帝京の仕上がりはなかなかものです。この状態なら決勝は互角の勝負になりそうです。

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2008年12月11日 (木曜日)

訃報

 元スズキスポーツの松尾孝志さんが11月30日になくなられました。享年60歳でした。

 松尾さんは1987年の第1回ラグビーワールドカップの観戦ツアーで、田尻さん、谷黒さん、ニュージーランドからきたマーク・イーリー氏らとともに参加、その後、末永く友好関係が続きました。ボーミッツ時代からバーバリアンズを温かく見守ってくれました。

 スズキスポーツの顔としてラグビー界に幅広い人脈を持ち、北海道の一クラブにすぎなかったバーバリアンズが活動を広げる機会を広くつくっていただいたほか、YCACのメンバーとして日本最古のラグビークラブとバーバリアンズとの交流の橋渡しをしてくれました。YCACとの交流は、多くのクラブのメンバーが本物のクラブの姿に触れることで、今日のクラブハウスとグラウンドを持つに至る原点となりました。バーバリアンズが今日に至るクラブの恩人といえる人でした。

 最近はYCACのオーバー35歳以上大会では、試合に出られることはなくなっていましたが、クラブの重鎮の田尻さん、谷黒さんのプレーの師匠として数々の対戦をしました。また、夏の北海道選手権には営業も兼ねて足を運ばれ、小樽の海の幸をことのほか楽しみにされ、我々のメンバーとラグビー談議に花を咲かせたものでした。

 できることなら一度、定山渓グラウンドに足を運んでいただき、クラブハウスで酒をくみかわしたかったものです。ご冥福をお祈りいたします。

 お別れの会が12月10日午後1時半から神奈川県三浦市の三浦市営火葬場で行われます。

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2008年10月 7日 (火曜日)

二日遅れ

 今日は朝から腰に違和感を感じました。ちょうどベルトが当たる右腰の当たりに物でもはさまっているような、どうにもこうにもいやな感じがして、いずいやら、痛いやら。

 どうも日曜日の試合で、タックルされて、膝から腰にかけて地面にたたきつけられた時の後遺症のようです。試合中にしびれてしばらく動けずにいたら、横山トレーナーが駆けつけて来てくれました。試合中に動けなくなるのは本当に久しぶりでした。2プレーほど、ただボールが行ったり来たりするのを眺めていました。

 昨日は違和感もなく、大事にならなかったと安心していましたが、2日目に痛みが現れました。筋肉痛と同じように年を取ると日を置いて痛みがくるのでしょうか。首に続いて腰の痛み、今度も長引きそうです。

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2008年10月 6日 (月曜日)

紅葉

G0905y4G0905yl1 5日は、定山渓で試合がありました。9月25日以来、10日ぶりの定山渓でした。1週間以上、間隔が開いたのは春以来で初めてかもしれません。以前にも書きましたが、懸案の目土入れを済ませてからは、少し気が抜けています。定山渓の山は本格的に紅葉していました。

G0905y2   先週にかなり雨が降ったので、芝は緑を取り戻しつつありました。バーバリアンズのメンバーは「2週間前に来たときは、みんな茶色に枯れていて、必死で水を撒いた」と話していました。自然の力、天の恵みにはかないません。野球場の内野の芝もだいぶ改善されました。

G0905y3 しかし、時遅しです。9月の生長期を干ばつでやられ、せっかく雨が降っても冬将軍の到来は間近です。もう今年は時間切れのようですが、どこまで来年に向けて根を張ってくれるか、期待したいものです。仕上げの作業として今週の土曜日(11日)に、凸凹が目立つところなどに土入れの作業をします。午前10時開始で、1、2時間の予定です。今回もサンクス定山渓店のオーナーに快くタイヤショベルの貸し出しを了解していただきました。

 試合は、対戦相手がメンバー不足で、こちらから有力選手を貸し出しました。その代わりというか、こちら側にも若手が多数出場して、大半の選手がハーフだけとなりました。私はものの見事に首輪を決められたうえに、タックルを外されるというみっともないプレーもありました。

 

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2008年9月29日 (月曜日)

敗戦

E0928lost  28日は東日本トップクラブリーグの試合を見ました。バーバリアンズの対戦相手は、東京の駒場WMM(ウオーターメロンマン)でした。インジュリータイムまで6点をリードしていましたが、立て続けに2トライを奪われ、29-37で逆転負けしました。

 大きく選手が入れ代わったチームは、やや経験不足のようでした。攻め込んでは肝心のところで慌ててミスをして好機を潰してしまう場面が目立ちました。東日本クラブ選手権で苦闘していた時代を思わせるようなような試合展開でした。どこの選手でトライを取りに行くかが明確でなく、とても慌ててプレーをしていたように見えました。思うようにリードが広げられずに、焦ってプレーをしてミスを繰り返し、体力を使い果たしたように見えました。最後は駒場の勢いが完全に上回りました。

 高齢化が言われたAチームですが、今回のチームは平均年齢26歳で、これからのチームです。今後に期待したいところです。

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2008年9月15日 (月曜日)

くるみが来た!

K0913all  くるみクラブのオーバー40チームが来道し、13日に定山渓グラウンドでバーバリアンズのオーバー35歳チーム+2と交流試合をしました。試合は前半からくるみがランニングラグビーでトライを連取、後半にバーバリアンズが激しく追い上げて、好試合となりました。結果はトライがくるみ5本、バーバーズ4本で、くるみの勝利に終わりました。バーバーズの平島さんの親子トライもあり、大いに盛り上がりました。

K0913af0  くるみのメンバーは総勢23人。東京はじめ、大阪、さらにシンガポールの出張からそのまま駆けつけた人もいたそうです。試合後はバーベキュー、近くの温泉での入浴を挟んでの二次会と、深夜K0913af2 までラグビー談議に花が咲きました。この日のためにバーバリアンズが東日本クラブ選手権でくるみにクラブに逆転勝ちした当時の主力選手の三宅K0913af1 さんが別海から、小林さんが帯広からそれぞれ駆けつけ、当時のくるみの主将だった阿部さんと当時はバーバーズに所属していた有馬さんを交えて話が弾んでいました。

 くるみ一行は全員、バーバーズ側は谷黒、宮原、西野、小林、三宅がクラブハウスに宿泊しました。

K0914tarumae  翌14日は、くるみのメンバーの大半は、札幌近郊を観光を楽しんで後、ススキノの夜を満喫して15日に帰られました。バーバーズのメンバーは、トップリーグの手伝いで14日から札幌月寒ラグビー場に行きましたが、私だけ桜井さん一行の運転手として、支笏湖方面を周遊。樽前山登山、いとう温泉に立ち寄るなどして、苫小牧に戻りました。

 今回のくるみの北海道遠征は、くるみの飲み会の最中に私にかかってきた電話をきっかけに、とんとん拍子で話が進み、実現しました。遠方の土地への遠征ということでしたが、
メンバー集めに奔走していただいた桜井さんはじめ、くるみクラブのみなさん、そして、細かな段取りなしに成り行き任せで進めてしまう私の話に耳を傾けて、受け入れの準備をしてくださったバーバーズの仲間に感謝をしたいと思います。ありがとうございました。

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2008年9月 8日 (月曜日)

くるみクラブ その2

 蔵王クラブハウスの建設

 

 1965年のくるみクラブの結成からエーコンクラブとの定期戦の実現の後、くるみクラブは大きく飛躍した。桑原先生の体育授業は法学部、商学部、経済学部、理工学部で行われ、学部ごとに5チームに編成されていたのが、69年になると学部の垣根を越えたチーム編成となり、8チームに拡大しました。クラブのエネルギーを生かそうと桑原先生が考えたのが、クラブの自前のグラウンドとクラブハウスを持つことだった。

 

 そして1971年、日本のクラブで誰も出来なかった夢が実現した。宮城県蔵王町に、森林組合から土地を借りる。グラウンド3000坪、クラブハウス2000坪、駐車場500坪の合わせて5500坪。そして、クラブ員の手作りでクラブハウスを建てた。

 

 5月から作業を始め、建築工事は土台のブロック積みから上物の組み立てまで学生達が自前でやりました。業者が施工すれば3500万円かかる見積もりだったが、学生がアルバイトをして、OBがボーナスを出して、資金850万円を集めた。1971年8月21日に蔵王クラブハウスが完成。グラウンド、宿泊棟3棟、炊事場、風呂場、洗面所、トイレ、中庭の食堂を兼ねたキャンプファイアー場を備えたものだった。

 

 ほぼ時を同じくして、中央大学の男子に限られていたメンバーシップを他大学の学生や女子学生に開放するオープン化が実行された。クラブを支える心技体がそろい、クラブの魅力がさらに人の輪を広げることになってつながっていく。

 

 ステータスとしてクラブハウスを持つということだけではなく、自前のグラウンドとクラブハウスを使った合宿は、共同生活を通じてチームワークや仲間意識を育てる教育の場となった。このことは桑原先生が強調してきた寮での共同生活の重要性とともに、くるみクラブの活力を生み出す車の両輪となりました。

 

 くるみの合宿は、猛練習やしごきなどの体育会的体質とは無縁なものだそうです。そこには普通の体育指導者とは一線を画した、桑原先生ならでは人間観、ラグビー観、トレーニング観の実践があったのです。

 

 「技術優先、必勝主義には目もくれず、クラブの中身の充実に重点を置き、そのための『環境』作りに力を注ぎました。誤解を恐れずに言えば、よい環境があれば人間のもっている良い資質が黙っていても大きく育つ、これが教育の基本原理の一つであると、私は信じています」

 

 寮、合宿での共同生活

 

 桑原先生は、体育授業でラグビー担当する前に、中央大学ハンドボール部の指導、社会人野球本田技研のトレーニングコーチを務め、実績を上げました。その中で強調しているのが、寮での共同生活の重要性です。1959年の中央大ハンドボール部監督就任で、何よりも先にアパートを借りて、炊事場、食堂を設けるだけの共同生活の場となる寮の整備を手がけたそうです。

 

 著書「くるみ実る日」でこう書いています。「キャンプや寮での共同生活は、トレーニングとは無関係ではなく、わたくしのトレーニング理論でいう『応用トレーニング』の一つに当たります。一般的にトレーニングは、技術的、体力的なものをいいますが、応用トレーニングとは、例えばハンドボールの練習に他の球技や陸上競技を取り入れたりすることをいいます。そのほか、こうした共同生活によるチームワーク作りなども入るのです」

 

 「寮生活」というのも、くるみクラブの大きな特徴です。わたくしの教育の中核にあるのが、寮生活を基本とする個人と個人の結びつきです」

 

 「なぜ寮生活が大事なのでしょうか。自由と自治の訓練です」「共同生活にあたっては、『わが自由と同じように他人の自由も尊重すべきである』から他人を思いやる。これが大原則です」「他人が見ていようがいまいが、他社の立場への思いやりや配慮を行う、また、黙って自分のやるべき責任を果たす。それを自然なものとなるまでに身につけた人間。これがラガーマン的ジェントルマンです」「自分の義務を黙って淡々と果たす、他人への思いやりをさり気なく行う、これがスマートということです。このような自己自治が行われるところでは、自然と秩序も生まれてきます。それは、上からの押しつけではなく、そのような個人の集団の中から自然とわき上がってきたものなのです。明るい楽しさの中におのずからなる秩序、これがくるみクラブの寮やクラブハウスの目指す姿なのです」「そして、食事作りや掃除当番などの共同作業を通じて、自分の責任をきちんと果たすことや他人とのチームワークを学び、また、人と人とのつながりや友情が生まれるのです。…。くるみクラブの寮生活とは、このような自分で自分を教育してゆく実践の場なのです」

 

 「蔵王クラブハウスを使った夏と春の合宿も、集団生活の自治の訓練の場です」「運動部の合宿のように『猛』練習はしません。普段から自主トレや節制を心がけていれば、合宿だからといって日常と変わったことをする必要はないからです。合宿とは、メンバー相互の友情を深めるためのものです。心を開いて友人とラグビーや人生や学生生活などを語り合う場であり、仲間との友情を培う場でなくてはならないのです」

 

 先日見たラグビートップリーグのクボタ-ヤマハ戦で、クボタが共同生活の取り組みやチームワーク作りについて意識的に取り組んできたことが紹介されていましたが、半世紀も前のことでした。

 

 初心者を大切にする心

 

 それにもう一つ。くるみクラブが初心者を大切にしたことです。前回で書きましたが、エーコンクラブと対戦した第1期生は全員がラグビー初心者でした。2期生も、3期生も同じだったようです。その後もクラブが実力をつけた後も、クラブの姿勢は変わりませんでした。私が仲間に加わらせていただいた1990年代の前半の時でも「最近はラグビー経験者が増えてくるみらしさが消えてしまっている」という声がよく聞かれました。

 

 最後に「くるみ実る日」からの引用です。

 

 「初心者をたいせつにするというのも、くるみクラブの大きな特徴のひとつです。…ラグビーの特性は、体の大きな者も小さな者も、足の速い者遅い者、すばしっこい者、どんな人でも活躍できるところにあります。たとえ下手なチームメイトが居ても、そういうプレヤーがいることを前提にゲームを組み立ててゆかなくてはなりません」「体の小さい者や足の遅い者がいてもかまわないというのが、私のラグビー観なのです」

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くるみクラブ その1

 くるみクラブのオーバー40チームが北海道にやってきます。

 

 くるみクラブは、中央大学の体育実技を長く担当した桑原寛樹先生のラグビー授業を受けた学生の手で発足、のちに大学の枠を超えて学生、社会人が集うオープンなクラブとなりました。最盛期には学生だけで10チームを抱えていたのをはじめ、宮城県蔵王町にグラウンド、クラブハウスを持つなど、企業や大学の枠を超えた先駆的なクラブとしてその活動は日本のクラブ関係者の憧憬の的となってきました。また、早くから陸上トレーニングを取り入れ、鍛え抜いたフィットネスで徹底的にパスをつなぐラグビーは、くるみラグビーの真骨頂といえます。近年は桑原先生の大学教官退官に伴い、学生メンバーが以前ほど集まらなくなったとは言い、モール中心のパワーラグビーが主流となるにつれて、往年の輝きにかげりが出ていますが、その足跡はだれにもまねができないものです。くるみの北海道遠征を機会に、指導者の桑原先生の著作「くるみ実る日」(中央大学出版部)を基にくるみクラブの物語を紹介したいと思います。

 

くるみ誕生

 くるみクラブは、中央大学やエーコンクラブで主将を務めた経験を持ち、中央大学の体育教官であった桑原先生が1964年に、2年生を対象にした体育授業のラグビー担当になったことから誕生しました。

 

 中央大学では、1年生は「基礎体育」としてスポーツ一般に触れ、2年生は「応用体育」として一年間、特定の競技に取り組むシステムでした。当時の体育授業のラグビーは、きつい、汚いというイメージからテニスやバスケットの抽選から外れた学生がやむを得ず履修するのが実態で、「不人気科目の代表例」だったといいます。

 

 桑原先生は、「くるみ実る日」の中で書いています。

 「通り一遍の授業ではなく、ラグビーの楽しさ素晴らしさをぜひとも理解させたい、それが教師としての使命だと思っておりました。それには、私の教師として、また、人間としての力量が問われます。わたくしは、全力で彼らにぶつかっていきました」「ラグビーの授業で教えたかったことは、単なる技術ではありません。ラグビーを通じて、団結してプレーする素晴らしさとか、仲間をカバーする心とかいったものまで教えることでした」

 

 「最初の時間に必ずやらせたことは、小グループ分けをし、そのグループを組む仲間の名前をお互いに覚えさせることから始めました。…次に『ミスをきにしなくてもいいぞ』と励ましました。その代わり、ミスをしたら必ず後ろに回って落ちたボールを拾いに行くことを徹底させました。ミスをしないということはたとえ優秀な選手であっても難しことですが、カバーに回るということはどんな初心者でも出来ます。これはラグビーにおいてだけでなく、人生においてとても大切なことです」

 

 そして7月の夏休みに、学生30人が参加してくるみ誕生につながる北志賀合宿が行われました。翌年の1965年に授業でラグビーをした30人が中心となり、くるみクラブが誕生しました。クラブ誕生につながった合宿地の信州に敬意を払い、信州特産の「くるみ」から名付けたものでした。エンブレムは、割ったくるみの左右対称の実を二人のチームメートが肩を組んだ姿を見立てたデザインとしたもの。みんなが助け合い、協力し合うラグビーを目指す「くるみクラブ」を表したものといいます。

 

発足2年目のクラブが国立で試合

 

 くるみクラブの一期生にはラグビーの経験者がいませんでした。しかし、クラブ発足の翌年の1966年、クラブの一期生が4年生になった年の9月20日、、名門エーコンクラブとの定期戦が実現します。当時のエーコンは日本代表級の選手が何人も所属していました。エーコンのメンバーが秩父宮ラグビー場の建設が携わったことから、当時のエーコンの試合は秩父宮で行われることが決まりになっていました。その後のくるみとエーコンの定期戦の始まりとなるものです。

 

 しかし、出来たばかりの素人集団でしたが、「学生達に、何としても質の良い本物のラグビーチームとの交流の醍醐味を経験させてやりたい」という桑原先生の思いが通じました。しかし、学生が秩父宮ラグビー場に出向くと、「出来て2年目のチームがここでプレーできるわけがないだろう」と笑われたそうです。憤慨した桑原先生は「それなら秩父宮ラグビー場より大きなグランドでやってやろうじゃないか」と大学OBがいる国立競技場の管理協会に行き、照明、電光掲示板を含めて一晩国立競技場を8万円で借りる交渉をまとめてきたそうです。

 

 この試合は国立競技場での初のラグビーの試合でした。早明戦でも日本選手権でもなく、くるみクラブの試合が国立競技場での初めてのラグビーの試合となりました。当時のグラウンドにはラグビーポールを立てる穴がなく、グラウンドに掘ってポールを立てた時には管理の人が飛び出してきたそうです。

 

 1枚100円の入場券をクラブ員が販売。観衆3000人近くが入りました。午後5時半からBチーム、Aチームの順で2試合を行い、日本代表クラスの選手がそろうエーコンに対してくるみは善戦しました。Aが15-28で、Bで10-22ともにエーコンに敗れましたが、どちらの試合もくるみはよく走り、よくタックルし、よくフォローに回ったといいます。

 

 「わたくしが初めて体育実技ラグビーの授業を担当し、その学生達と夏合宿に行った。それが契機となって、くるみクラブが結成された。その学生達が国立競技場でエーコンクラブと夢の対戦をし、本物のラグビーを経験することが出来た-。あっという間の二年間でした」

 桑原先生の回想です。

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寂しい

 7日の日曜日は定山渓で、JR北海道とのヒグマリーグの試合がありました。主力となるオーバー35のメンバーで集まったのは、首の不調で見学の若井さんを入れても9人。2週続けて人手不足に陥りました。この日、北海道トップクラブリーグの試合があったABスコッドでも、助っ人に出てくれたのはフォワードばかりで、岩本、津谷のセンターコンビ、関口のウイング、平塚のスクラムハーフという豪華な布陣となりました。

 やり慣れないポジションというのは、すぐにぼろが出るもので、5本-1本くらいの大差で負けました。

 それにしてもおじさんチームは突然のメンバー不足です。8月のオーバー35大会の時には、結構集まっていたのですが、どうしたのでしょう。ABスコッドも人が少ないようですが、とても以前のように1日に3試合を出来ないような状況なのが寂しく、心配です。

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2008年9月 2日 (火曜日)

じゅうりん

 8月31日の日曜日、おじさんチームは北大Bチームと試合をしました。フッカーは前半が札幌高裁判事の矢村さん、後半は大学生の飴谷君というバーバリアンズらしいメンバーでしたが、若さとスピードの北大に文字通りじゅうりんされました

 たくさんとしか、言いようがないほどトライを奪われ、こちらは無得点に終わりました。唯一のチャンスはゴール前の5㍍ラインアウトでしたが、ボールを確保したまではよかったのですが、攻め切れませんでした。前の試合でAチームも北大に大敗して、おそらく2試合で合わせて、100点ゲームと完封負けだったのではないでしょうか。

 試合前に野球場内野の刈り込み、試合後にメーングラウンドの刈り込みをしました。25日撒いた芝が早くも芽を出していました。明日(3日)に雨が欲しいところです。

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2008年8月27日 (水曜日)

写真集アップ

 8月24日に開かれた道央35歳以上大会の写真をアップしました。左のマイフォトリストから入れます。

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2008年7月21日 (月曜日)

新ルール

 20日の日曜日は、午前9時に定山渓集合で、10時から東海大札幌などの混成チームと試合をしました。何といち早く新ルールでやりました。

 新ルールは、スクラムの最後尾から5㍍にオフサイドラインを設定、22㍍ラインの外から戻したボールを蹴り出した場合はダイレクトタッチになる、ラインアウトは人数制限をなくし、ボールの投入は後ろであればまっすぐでなくてもよい、モールを崩して良い、などが主な変更点。ただ、スクラムを組む側からいうと、5㍍下がったオフサイドラインは確認や有効活用のしようもなく、戸惑う場面もほとんどありませんでした。

 私が唯一、かかわったところでは、ラインアウトを早く,後方に投げ入れようとしたところ、誰も反応がなかったことでした。これからルールを活用するアイデアと、それに適用した選手を起用できるチームが好成績を上げるのではないでしょうか。

 芝生は、金曜日の雨で生き返りました。生き物は正直です。

 土曜日からジュニアチームの合宿が定山渓で行われました。グラウンドに雑草が伸びることなく、それなりに整っていることが当たり前のような感じで、指導者の方々も、ちびっ子選手がグラウンドを走り回っていました。

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2008年7月15日 (火曜日)

道に迷う

 13日の日曜日は、不覚にも道に迷いました。午後2時40分から江別市の野幌ラグビー場で北海道選手権決勝があり、1時過ぎに苫小牧を出ました。時間に余裕があったので、かねてから気になっていた、苫小牧から千歳の高速インターの近くに出る林道ルートの開拓に挑戦しました。

 25㌔ほどの距離なので、道路状況を考えてもうまくいけば30分で千歳インターに着けるかもしれません。自宅から苫小牧東インターに着くまでに20分以上かかるので、林道ルートが開拓できれば、高速料金の節約にもつながります。うまくいくはずでした。

 前日のうちに地図をチェックしていました。ですが、ちょっとばたばたしてるうちに地図を家に置いて出てしまいました。この手の道の走りには自信がありました。ほぼ道なりに行けば、舗装道路に出るはずでした。

 ところが行けども行けども舗装道路に出ません。なぜか樽前山が近くなってきたようです。30分以上を過ぎたところで、植樹イベントののぼりがあり、「出口」と書いていましたので、少し安心していると、舗装道路が見えました。さて、どこだろうと、周囲を見渡すと、見慣れた看板がありました。「苫小牧、大滝」「支笏湖、千歳」。なんと千歳市街から20キロ以上も離れた、支笏国道の支笏湖方面と室蘭方面に分かれる道でした。定山渓グラウンドに行く途中に通っている通い慣れた道でした。西に直進するはずが、南に向かって走っていました。30㌔以上の遠回りになってしまったようです。

 結局、グラウンドに着いたのは、20分遅れの午後3時すぎ。キックオフから20分が経っていました。試合の写真を撮るために機材を持って行ったのですが、意気消沈してそのまま試合観戦をしました。

 試合は、7-10でバーバリアンズが、サッテツクラブに敗れ、7連覇を逃しました。決勝点となったのは、不可解なPGでした。バーバリアンズが反則を取られた後に、サッテツの選手がボールを拾い損ねたように見えたところを、バーバリアンズの選手の妨害したとして再び反則を取られ、さらに10㍍後退。それが決勝PGとなりました。

 先日の3カ国対抗のニュージーランド-南アフリカ戦では、ミスジャッジでトライを無効にしたレフリーが、試合後でビデオを見てオフサイドでなかったことを確認して謝罪したそうですが…。

 まあ、それはともかく文句なく勝てば良かったわけですが、残念ながらこの日のバーバリアンズにはこの試合で勝つための方法論や秋以降への戦いに向けた展望や意図というものが感じられませんでした。けが人が続出していることもあるのですが、今季のバーバリアンズはちょっと違う感じがします。ただ、出場した選手は体を張ってバーバリアンズとしてのプライドを見せてくれたと思います。

 失意の中で、帰り道に、大曲のホームセンターに寄って、肥料を買って帰りました。7月から肥料値上げという報道があったせいで、ほとんど在庫切れの状態でした。仕方なく、あるものを買って帰りました。あそこまで在庫がないと、これからが心配になります。これが一時的な現象であることを願わざるおえません。

 帰り道に再び、千歳側から再び抜け道に挑戦しましたが、再び道に迷い、今度はウトナイ湖側に出ました。地図なしでの林道踏破は甘くなかったようです。

 

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2008年7月 9日 (水曜日)

来ます!くるみ

 先日、くるみクラブの桜井さんから連絡があり、くるみクラブのオーバー40チームの9月の北海道遠征は、当初の計画通りに準備が進められることになりました。

 9月13日の午後に定山渓で試合、アフターマッチファンクションの方向で準備をしたいと思います。

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2008年7月 7日 (月曜日)

写真集アップ

 北海道選手権のCチームとコルツの写真をアップしました。よろしければ、サイドメニューからお入りください。

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苫小牧は霧

 この週末に北海道ラグビー選手権が行われ、5、6日の両日にAからKまで11ブロックの1回戦と準決勝が札幌の近郊などの各会場で行われました。バーバリアンズの定山渓グラウンドも会場となり、ふだんはおじさんチームで出場している私の仲間は、Cチームとコルツの2チームに分かれてホームグラウンドでホスト役を務めながら、試合をしました。2日間ともに30度を超える猛暑の中で、7月上旬で札幌で真夏日が2日続くのは珍しく、特に2日目の6日は熱中症で倒れる選手が続出していました。

 私が出たCチームは、深川ラガーとのEブロックの初戦を50-7で大勝しましたが、準決勝で小樽商大に5-12で敗れました。グラウンド管理の賢人こと還暦の谷黒さん、50代半ばの宮原さんが出場したコルツはIブロックの1回戦で10-24でファランクスに敗れました。普段は一緒にやっている仲間が2チームに分かれたこともあって、連係は今ひとつでした。押し込みながらトライを奪えないまま、ノーサイドの笛を聞きました。若い学生相手に勝つには、チームとしてのまとまりと決めてをやや欠いたことが響いたようでした。なお、決勝は13日に行われます。バーバリアンズのAチームはAブロック決勝で7連覇を目指します。

 私は5日の試合で、手の甲を踏まれ、2つのポイントの跡がくっきりと残り、昨日は少し腫れてしまい、横山さんにテーピングをしてもらって試合に出ました。試合の内容は、聞かないでください。暑さにやられました。

 さて、グラウンドの芝は、このところの雨のなしの天気に猛暑が追い打ちをかけるかたちになりました。前日にお湿り程度の雨が降ったようですが、文字通り焼け石に水だったようです。2日に仕事を休んで水を撒いたところは青さを残こしていて、少しは効果があったようですが、水を撒かなかった部分は茶色に変色しつつありました。野球場に植えた芝も同様でした。私の試合は2日間とも午後2時開始だったのですが、せめて午前10時からの試合前に出来る範囲で水を撒いておきたかったので8時前にグラウンドに行き、簡易スプリンクラーを回しました。メーングラウンドで試合が始まった後は、野球場に出かけてスプリンクラーの位置を変えるなど、ほぼ付きっきりで水撒きの番をしていました。そのせいか、試合が始まる前のアップの段階で、足の指が靴擦れで痛み出しました。テープで巻いてもらって試合に出ました。もともとスクラムを組むだけなので、試合ではたいした貢献は出来ないのですが、それでも試合前に痛めてしまうとは、お粗末な話でした。

 猛暑の定山渓を出て、午後5時過ぎに苫小牧に着くと、霧の中でした。日曜日の苫小牧の最高気温は21.8度でした。ここならさぞかし芝も健やかに育つでしょう。

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2008年6月29日 (日曜日)

干ばつ

 週末は、2日とも定山渓に行きました。やはり少し疲れます。よせばいいのに金曜日の夜勤が終わってから、ちょっとお出かけして、はしゃぎすぎたものでshock

 油断していました。定山渓グラウンドは先週の水曜日に雨の予報が大はずれして、1週間以上も雨なしです。特にもともと水はけがよい野球場の内野グラウンドは、せっかく生えた芝が一部で茶色になっています。今思うと、6月中は雨がタイミング良く降っていたようですが、量が少なかったようです。2週間前ぐらいから、芝刈りをすると、土ぼこりが舞ってほこりまみれになってしまうほどでした。

 水曜日に雨が降れば、何とかなるかなと思っていて、ようやく予報が外れた水曜日に初めての水撒きをしたのですが、判断を間違ったようです。すでに乾燥がかなり進んでいたようで、この週末は状態がさらに悪化していました。簡易スプリンクラーを付けて水撒きをしましたが、焼け石に水のようです。昨年は干ばつがもっとひどくて、全道大会でスプリンクラーの元栓を一晩、閉め忘れて水浸しにしてしまった部分を除いてメーングラウンド全体が茶色になってしまいましたが、その再現となるのでしょうか。

 全道大会の準備のため、水曜日に休みを取って定山渓に行きますが、朝から野球場の一部だけでも水浸しにしようかなと思っています。それから、隣の消防署が放水訓練をグラウンドでやってくれるそうです。干天の慈雨と期待したいところです。

 今日の日曜日の試合は、定山渓で合宿中の札幌医大と25分1本、大学生のクラブチームのフラテと1試合をやりました。久しぶりの1試合半で、疲れました。足が遅いばかりか、簡単にかわされるなど横にも動けず、歳を痛感しました。

 

試合は、札医大とは同点?、フラテには完敗でした。フラテとは来週の北海道選手権では同じブロックで、1回戦を勝てば、準決勝で当たるようですが、厳しい戦いとなりそうです。

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2008年6月24日 (火曜日)

満員御礼

G0622mg  22日の日曜日は、バーバリアンズの試合と、週末に一泊二日で行われた全道中学合宿の参加者とで、大勢の選手で定山渓グラウンドはにぎわいました。バーバリアンズは50人ほど、対戦相手は合わせて40人?、中学生は100人?とすると見学の人を含めると、一日で200人が定山渓に訪れたようです。さばを読んで、2日間で延べ300人の利用でしょうか。満員御礼です!

 おじさんチームの試合の方は、メンバーが多くて前後半でフォワードのメンバーがほぼ入れ代わる形になりました。相手は北大Bでしたが、相手の総力に圧倒され、何も出来ずにトライを奪われました。少なくとも私が出場した前半は無得点でした。走る練習にはなりました。道都大との試合で傷めた首の調子が少しずつよくなってきました。斜め後ろが苦労しなくても見えるようになってきました。

 おじさんチームの試合が第1試合だったので、試合が終わった後に、野球場、クラブハウス前、そして、試合が終わった後のメーングラウンドと刈り込みをしました。6月は生長が旺盛な時期とあって、メーングラウンドと野球場の内野は1週間に2回の刈り込みをしています。野球場の内野の方は少し生長が悪いような気がしていますが、メーングラウンドの方は1週間に2回がちょうど良いようで、週1回では伸びすぎになりそうです。今のところは、このペースでがんばっていきたいと思います。

G0622naito  先週に続いて、内藤さんがグラウンド脇のササヤブ刈りをしてくれました。たくさんのボールが行方不明になってしまった昨年の全道大会の反省もあって、「ボールを探す人の通り道くらいは作りたい」と、おじさんチームの試合が終わってから3時間ほどでしょうか、ササヤブを切り倒していました。内藤さんは北海道の民放のテレビ局でアナウンサーをしている人ですが、バーバリアンズでは裏方の労をいといません。クラブハウス前ではバーベキューをしているメンバーもいましたが、誰もいなくなったグラウンドの傍らで一人ササヤブと格闘していました。誰一人、労をねぎらう声を掛ける人がいなくても、黙々と作業をする姿には頭が下がりました。

 また、私は仕事で参加できませんでしたが、21日の土曜日には、織田さんの現場監督で、インゴールの部分を拡張するために、メーングラウンドのトラック 側溝の上に芝を植える作業が行われました。側溝の土を出して、パイプを敷き、砂利を入れて、その上に土をい入れ、芝を張る作業は大変な重労働だったようです。着 々と整備が進んでいます。

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2008年6月19日 (木曜日)

鈍足

 今日は日中に時間が出来たので、定山渓に速攻で行ってきました。午後から雨の天気予報通り、定山渓を後にした午後1時過ぎから小雨が落ちてきました。

G0619walking  グラウンドに着くと、年配というか、お年寄りの女性二人が陸上トラックを何周もウオーキングをしていました。知らないところで使われていますね。早速、トラクターで野球場内野とメーングラG0619meウンドの刈り込みをしました。刈り高は、野球場は35ミリ、メーングラウンドは38ミリです。目土散布の時 に撒いた種から小さな芽が出ていました。これが順調に育ってくれれば、メーングラウンドは相当よくなりそうです。

G0619bg  野球場は、落ち着いてきたというか、一番の生長期にしては、少し物足りないような気がします。まあ、ここはじっと芝の育ち具合を見守るしかないようです。

 刈り込みを終えた後に少しトラックを走ってみました。400㍍2本と、200㍍4本を1分半の休憩を挟んで走りました。あらためてですが、足が遅いことを実感しました。400㍍は88秒と92秒。ショックだったのは200㍍で、42秒、42秒、42秒で最後はストップウオッチの押し間違えでタイムなしでした。最初から200㍍に40秒以上かかるとは、思いませんでした。100㍍でも20秒近くかかっていることだと思うと、なんだか寂しくなりました。

 帰りに車庫周りのフキをきれいにしようと、物置を開けたら、なんとクリケットの道具一式がどーんと占拠していました。この前のクラブのものでしょうか。グラウンド貸し出しに対して、クラブカードの入会だけでこんなにサービスしていいものなのでしょうか。

 このところのガソリン価格上昇で、一回の刈り込みに最低2000円以上のガソリン代がかっているうえ、苫小牧からの足代も馬鹿になりません。グラウンドの維持には、お金と労力がかかります。そのところを分かってもらって利用してもらえるのならいいのですが、使う人にそれを望むことはとても無理なことだとも思います。

 クラブのメンバー並みに施設を使われると、割り切れないものがあります。心が狭いと思われるかもしれませんが、クラブのメンバーのためのならともなく、見ず知らずの人にためにボランティアをしているのかと思うと、なんか馬鹿らしくなってしまいます。正当な便益の提供には対価が伴うものだと思うのですが、いかがでしょうか。

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2008年6月10日 (火曜日)

くるみオーバー40遠征

 くるみクラブのオーバー40チームのメンバーで、ブログ「道楽者は行く!」の執筆者である桜井さんから、北海道遠征の打診がありました。9月13日の土曜日に試合を組む日程で遠征を考えたいとのことです。バーバリアンズは翌日に東日本トップクラブリーグの試合はありますが、オーバー35チームはその週末には試合は組まれていません。くるみ側ではこれから参加者を募集するとのことですが、季節もいい時期ですし、試合、アフターマッチファンクションともに大いに盛り上がりそうです。

 桜井さんと以前、話をしたときは、「バーバリアンズがくるみの蔵王グラウンドに来てくれてもいい」という話もありました。これまでもくるみの若手チームが北海道に遠征に来ていますが、今回はくるみ黄金期を支えた選手が主力のベテランチームです。

 くるみクラブは、中央大の体育授業を担当した桑原先生を中心に学生やOBの手作りで実現した蔵王グラウンド建設の物語と、その後のクラブ運営はじめ、日本のラグビーの歴史に大きな足跡を残している名門クラブです。有馬さん、和田さんはじめ、バーバリアンズで活躍したくるみ出身のメンバーも多数います。ぜひともくるみとの交流を広げていきたいものです。

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深川ラガーとの交流戦

 先週末は日曜日だけ定山渓に行くつもりでしたが、バーバリアンズの会議の場所が急きょ定山渓クラブハウスに変更になったため、結局、土曜と日曜の2日続けての定山渓参りとなりました。

 定山渓に足を運ぶなら、何かグラウンドの手入れをしなければもったないということで、7日は、野球場外野の刈り込みをしました。外野は枯れ草が芝の根本を覆っているせいか、生長は今ひとつです。肥料をたくさんこぼしたのか(普通なら肥料やけを起こしてしまうのですが)、一部でものすごい勢いで伸びている部分があるほかは、何とも元気がありません。ちょうど昨年のこの時期のメーングラウンドの芝のようです。

 野球場は昨年、肥料もやらずに、月1回程度した刈り込みをしなかったので、ほぼ毎週刈り込みをしたメーングラウンドとは芝の状態に大きな差が出ました。今年は、最低でも週1回の刈り込みをしていますが、まだ、目に見えるほどの効果は出ていません。一夏越してからということになるのでしょうか。

 土曜日にグラウンドに着くと、ジュニアのスタッフが野球場でライン引きをしていました。まだ、そのピッチは芽が出たばかりの野球場の一部にも入っていました。5メートルほどラインをずらして引き直してもらいました。谷黒さんに立ち入らないよう注意を呼びかけるロープを張ってもらいましたが、選手はラインが引かれていると、最大限グラウンドを使ってしまうものなので、ちょっと心配です。

 8日の日曜日は、深川ラガーとの定期戦でした。一年置きに互いに訪問する形で、もう10年近くも続いているでしょうか。秋の試合では、グラウンドに雪が積もっている中で試合をしたこともありました。土曜日の雨で小学校の運動会が日曜日に順延されたために、深川は選手が集まらず、バーバリアンズから3人を出しての試合となりました。

 深川のスピードあるバックスに簡単にディフェンスを破られてトライ、反撃して追いつくという展開が続きました。そしてラストワンプレーでトライを取れば逆転?という中で、敵陣5メートルスクラムまで攻め込みましたが、あと1メートルでパイルアップ、ノーサード。負けました。

 久しぶりに気温も上がり、最高の天気の中で、アフターマッチファンクションでアルコール抜きのバーベキューをして、解散しました。

G0608bg  ちなみにみなさんがバーベキューの準備をしている時に、私は野球場の内野の刈り込みをしました。少しずつ成長しているようです。今週1週間は、好天が続く予報なので、雨がなければ、今週末の試合後にでも散水が必要になるかもしれません。

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2008年5月26日 (月曜日)

満身創痍

 25日は久しぶりにAチーム試合に出ました。選手が足りないということでしたが、出張やけがなどで本当に選手がいませんでした。そうでなければ、おやじにお呼びが掛かる訳がありません。試合は40分ハーフで、交代要員なし。過酷な試合になることは、間違いなし。大学生にスクラムで押しまくられたら、最後の方はどうなるのか、立っていらなくなるかもしれません。朝は首を負傷して入院する夢まで見まてしまって、非常に寝覚めが悪かったです

 前日の天気の読みは当たり、小雨模様でした。アップも一部は省略して体力温存してキックオフに臨みました。道都大学にいきなりノーホイッスルトライを許し、その直後にも、相手バックスのスピードにディフェンスが混乱してトライを奪われる予想外の展開。バーバリアンズの強力フォワードの後ろでチョロチョロしていればいいという思惑も外れました。スクラムは押され気味ながらも何とか持ちこたえ、調子に乗ってタックルに行ってもつれたところで、相手の頭が膝に当たりました。最初は何ともないかと思っていましたが、痛めたようでした。しばらくプレーを続けると、前半の残り5分くらいで、フッカーの関口君が負傷退場し、なんとスクラムがノーコンテストになりました。関口君には大変なことでしたが、私にとっては干天の慈雨でした。

 後半もノーコンテストで、調子に乗ってゴール前のモールでボールの奪い合いに参加したところ、ファイトしてきた相手の選手の頭が、私の頭を直撃。そのまま首から背骨までしびれて、倒れました。倒れ込んでいるうちに、マイボールがいつの間にか奪われ、カウンターのトライを奪われました。「もうだめ」と思いましたが、ロックの辻君が足首を痛めて一緒に倒れていたので、すでに14人で戦っている状態だったので、そのままプレーを続けました。最後にウイングの大外でさぼっていると、何とボールが回ってきました。とても走れる状態でなかったので前に蹴りましたが、難なくフルバックに処理されてノーサイドになりました。

 久しぶりに痛いラグビーをしました。幸いにも病院にお世話になることはなさそうですが、左膝、首などなど体がかなり体が不自由になってしまいました。昨日は膝のけがの腫れを抑えるため、固定してアルコール禁止でおとなしくしていました。

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悪い知らせ

 24日は、当初は定山渓に行かない予定でしたが、朝から天気が良かったことと、天気予報で日曜の午後から雨の予報になっていたので、方針転換して、朝10時前に苫小牧の家を出ました。

 11時前に到着すると、悪い知らせがありました。メーングラウンドでABスコッドが練習をしていましたが、平島さんが待ちかまえていて、「メール見ましたか」。「いいえ」と私。「明日、Aチームの人が足りないので、3番お願いします」と言われ、絶句してしまいました。足手は学生の道都大学。選手全員が、48歳の私の半分以下の年齢のはずです。週末の楽しいラグビーが、痛いラグビーになりそうで、気が重くなりました。

G0524bg1  気を取り直して、野球場の内野の芝の状態を確認しました。今回は撮影場所を変えましたが、ムラになっている部分が目立ちます。4月26日の種まきから4週間、ほぼ芽が出そろったところなのでG0524bgshibaこのままで行くのでしょう か。芝の長さは成長が早いもので5センチほどで、あと1週間ほどしたら刈り込み開始でしょうか。

 次に16日以来となる野球場の外野で刈り込みをしました。こちらは4月中に肥料を撒いたのですが、量が少なかったのか、草の勢いが感じられません。全部使うべきところの肥料が、半分くらい残っていたので、栄養失調かもしれません。部分的に固まって生えているクローバーと、肥料が多く撒かれたと思われる部分だけが元気でした。まあ、昨年も6月中旬から繁茂しましたので、これからと思いますが。

G0524m  1時間ほどで野球場での刈り込みを終え、練習の終わったメーングラウンドに移動しました。21日に刈り込んだばかりでしたが、芝が雨に濡れて、倒れていたせいか、全体的に荒れた感じでムラというか、芝が荒れている感じが目立ちました。その中でクローバーの生長が特に目立ちました。30、31日に目土を入れる関係で、刈り高38センチでやや短めに設定して刈りましたが、いい感じになりました。メーングラウンドの刈り込みは確か4度目ですが、今年初めて正しい刈り方ができたようです。

 引き上げる間際に、学生風の人が「お仕事中のところ済みません。ここは元のNTTグラウンドですが、どこに連絡すれば借りられますか」と聞いてきました。「北海道バーバリアンズのホームページで確認してください」と答えておきましたが、使用人だと思われたようでした。

 最後にダッシュを3本ほどしましたが、体が重く、先週のような感じがなく、明日のことを考えると、さらに気が重くなりました。

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2008年5月19日 (月曜日)

ナイスタックル賞

0518game  18日は、定山渓で試合が2試合ありました。Aチームのメンバーが札幌選抜の練習があり、残りのメンバーで北大OBの北菱クラブ、東海大札幌と試合をしました。大半のメンバーが入れ替わりながら2試合に出ました。

0518hhujioka  晴天、微風の穏やかな天気の下で、絶好のラグビー観戦日和でした。家族も多数観戦していました。ただ、陽気に誘われて虫も活性化、激しくまとわりついて刺してくるので、のんびりしていられませんでした。

 試合は、アップで400メートル走を2本走るタイムトライアルをやってから、キックオフに臨みました。今年からA、Bスコッドで始めた強化トレーニングですが、おじさんメンバーも果敢に挑戦しました(一本だけの人もいましたが…)。試合前から体力を使って、脚が張ってしまいました。

 そして、キックオフ。卒業したばかりの選手を数多く擁する北菱にいきなり独走を許し、2トライを奪われました。試合前の予想通り、大敗も頭をかすめましたが、オーバー35のおじさんが多数のバーバーズも粘り強いデフェンスで反撃に出て、好試合になりました。

 還暦を迎えたばかりの谷黒さんもフランカーで前半に出場しました。強い日差しの下で、脱水症状で倒れそうな感じでしたが、トレーナーの横山さんが用意してくれた電解質補給の秘密兵器もあり、後半はおじさん軍団のフォワードが北菱の動きを上回りました。北菱の猛攻をしのぎ切り、切り返しからのトライで快勝しました。私も久しぶりに会心のタックルを決め、ノックオンを誘いました。

 第2試合は、連続出場の選手を交えて総力戦でした。私は腰に不安があったので、欠場を決めましたが、後半に「ナンバー8でどうだ」との甘言に誘われ、出てしまいました。フランカーはしたことがありましたが、ナンバー8は初めてです。しかし、ものの3プレーくらいで、負傷者が出てしまい、ナンバー8の若井さんが復活したため、フランカーに上がりました。バックローはスクラムの負担がない分だけに、プレーに重しがなくなったようでした。ただ、ほかにも出たがっていた人がいたので、ポジションを譲り、そのまま引っ込みました。この後、再び、負傷者が出てグラウンドに戻りましたが、いつになく走って最後は足に来てしまいました。結果は若さの瞬発力にやられました。

0518sheal  試合後、横山さんから、ナイスタックル賞としてお手製のステッカーをもらい、車に張りました。谷黒さんとともに15日の木曜日のグラウンド整備から4日間のうち、3日も定山渓に通って疲れました。夜型人間の私としては極めて珍しいことですが、夜の10時過ぎに寝てしまいました。

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2008年5月12日 (月曜日)

芽生え

G0511bf  11日の日曜日は定山渓で試合の日でした。グラウンドに着くとすぐに、野球場に行きました。4月26日に撒いた種が芽を出していました。黒土のグラウンドをうっすらと緑のうぶ毛のように覆っていました。遠くからみると、何となく緑のもやがかかっているようでした。写真でマウンドの右横あたりで濃い緑色の帯になっているのは、おそらく種を撒く前から芽が出ていた雑草だと思われます。

G0511gr1  播種から14日後です。今回は、ケンタッキーブルーグラス、ペレニアルライグラス、トールフェスクの3種類の種を撒きましたが、芽を出したのは播種から発芽までが6−8日のペレニアルライグラスと、7−9日のトールフェスクの2種類だと思います。発芽まで14−20日と最も時間がかかるケンタッキーブルーグラスはこれからです。今回は踏圧に強いトールフェスクが主体になっています。これから1週間ほど雨が降らないようであれば、散水もしていきます。

G0511practice_2  午前9時からはABスコッドの練習をしていました。新緑の季節を迎え、紅葉のようなたたずまいを見せる定山渓の山ふところ、緑の芝のグラウンド(遠 目にはですが)で選手たちも気持ちが良さそうです。ただ、グラウンドキーパーとしては、野球場の芝生化完了時には野球場で基本的な練習をして、チームランなどに限定して使って欲しいのですが。野球G0511lastcherry_2場の傍らには名残のサクラが咲いていました。

 われわれおじさんの出番は11時キックオフの試合です。相手は札幌クラブです。フォワード主体のチームです。接点でやや当たり負け気味でしたが、逆襲からのトライで何とか勝ちました。私も前半の1番で出場しましたが、長い距離を走ってのサポートでパスをいただき、トライをさせていただきました。ゴール前まで迫りながら、無理せずパスをしてくれた関口さんありがとうございました。初めて自分が出場している試合をリードで終わりました。後半は助っ人のAチームのメンバーが縦横無尽に走りまくり、相手のミスにも助けられて快勝でした。

 試合後は、メーングラウンドの芝の一部がかなり伸びていたので、一人残って今季初の刈り込みをしました。初めてなので刈り高は63ミリと高めに設定しました。次回は15日に行きますので、50ミリで刈ってみようと思います。その後は、芝がはげた部分に水を撒きました。少しずつ出ている芽の養生です。使い放しで置いたのでは、すぐに枯れてしまいそうだったので、周囲に水が浮くくらいにして撒きました。中央部分を中心に4分の1ほどに水を撒いて、午後2時半過ぎに切り上げました。足跡くらいの小規模の芝がはげた部分に一株でも二株でも育ってくれれば、相当な補修効果が期待できます。使い放しがグラウンドの維持管理には一番悪い気がします。

 次回の定山渓詣では、15日の予定です。この間に雨がなければ、野球場への水撒き、メーングラウンドと野球場外野の刈り込みを予定しています。さらに、植樹祭に向けたクラブハウス前庭の刈り込み、メーングラウンドの大きく芝がはげた部分の補修(土入れ)も力尽きなければやりたいところです。

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2008年5月 5日 (月曜日)

写真集アップしました

 3日の定山渓の試合の写真をアップしました。左側のマイフォトの「定山渓グラウンド開き」です。

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JGBで初試合、初お泊まり

G0503sakura2  3日は今季初めての試合を定山渓グラウンドで行いました。北大のA、Bを相手にAとBCで2試合行いました。サクラは満開で、定山渓の山の新緑も萌え始めました。遠目から見ると、グラウンドは緑のじゅうたんのようで、「青々している」と評判も上々でした。選手も気持ち良くプレーしてくれたのG0503sakura1 ではないかと思います。

 試合は、Aチームが勝ち、Bチームが負けました。私が出場したのは、BC混成チームの2試合目の前半(30分ハーフ)でした。後半からプロップで出場する予定でしたが、フロントローにけが人が出て、急きょフッカーで出ました。ところが開始早々に別のプロップが負傷退場して、結局、3番に入ることになりました。試合は北大の速い出足に止められて、トライ3本を許してハーフタイムになりました。前の試合に続いて、私が出ている時にはトライはおろか、無得点でした。

 試合後は、晴天続きだったので、昨年の秋にまいた種が芽を出した部分を狙って水を撒きました。遠くから見ていると、緑のじゅうたんに見えたグラウンドも芝がない部分が多く、主なところに水を撒くだけでも1時間以上もかかりました。まだまだです。

 さて、試合後は、連休を利用してクラブハウスに初めて泊まりました。クラブキャプテンの田尻さんは試合の途中からバーベキューの準備をしていました。肉などの買い出しを含めてお世話になりました。20人ほどで春の午後のバーベキューを楽しみました。

G0503enkai  札幌市職員組合の渓流荘で汗を流したあとは、クラブハウスでの夕食・宿泊です。参加したのは、田尻、谷黒、若井、鎌田、長谷川の各氏と私。定山渓でコンビニを開いている中村さんをお招きしました。ススキノの居酒屋からご厚意でいただいた囲炉裏を長谷川さんがセッティングを済ませてくれ、これまた、長谷川さんの店で出しているモツ煮込みに舌鼓を打ちました。定山渓のお話を肴に深夜まで宴は続きました。7月の3連休にジュニアの合宿をしようとか、土曜日に試合を組んでバーベキュー&宿泊をしようかなど定山渓の施設をどう活用していくかなどの話題で盛り上がりました。

 田尻さん、若井さん、鎌田さん、長谷川さんは1階ホールにマットを敷いて寝袋で、私と谷黒さんは2階のスキーヤーズベッドで寝袋で寝ました。私はスキーヤーズベッドにあった枕を使いましたが、心配された虫刺されもなく、心地よく眠れました。もちろん、二日酔いではありましたが。定山渓の寝具も何とか使えそうな感じでした。

 朝8時過ぎに解散して、私と谷黒さんが水撒きで残りました。適当にと思ったのですが、意外に水を水を撒かなければならないようなはげた部分が多くて、昼頃までかかってしまいました。谷黒さんと近くのそば屋で昼食を取って引き上げました。みなさんお疲れ様でした。

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2008年5月 1日 (木曜日)

初試合

 4月29日におじさんチームの初試合がありました。若手も含めて大勢の参加があり、前後半でメンバーはほとんどが入れ替わる盛況でした。対戦相手は、札幌医大です。場所は札医大グラウンドでした。

 何しろ練習もしないで、いきなり試合をするのですから、前半は厳しいものがあります。前半のプレーを見ることができる後半からの出場とは大きな違いがあります。だいたい、最初の試合の前半は、Aチームを含めてお世辞にもいい内容とは言えない試合が多いものです。

 この日は前半からのスタートとなりましたが、予想通りの展開になってしまいました。ノックオン、スクラムの繰り返しの悪夢のような試合でした。立ち上がりは攻め込みましたが取り切れず、学生の走力にしてやられ、3トライを奪われ、こちらはノートライに終わりました。スクラムが終わって首を上げたら、もう後ろでボールを落とし、スクラムで再開。この繰り返しに疲れ果ててしまいました。モールを組んで自分から転んでしまうほど消耗してしまいました。最初のトライをされたときに、あと15分(試合は30分ハーフ)と言われたときは、何かの間違いだろうとさえ思いました。その後の15分はつらかった。後半のチームは札医大を圧倒して、最終的には試合は勝ちました。

 もう一つ疲れた原因が、レフリーがスクラムを仕切ろうとしてタイミングが合うものもあいずらくなって、プレー以外で神経を使いました。レフリーが自分のコールにこだわるあまり、自然流れが止められて非常にやりにくいことになりました。スクラムが崩れているわけでなければ、プレーヤーに自分のコールを合わすぐらいの柔軟性が欲しいものです。要は危険なことが起きずに、プレーヤーが無理なくできればいいと思うのですが、いかがでしょうか。ほかに見ることがあるだろう、なんて小言を言いたくなりました。

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2008年3月18日 (火曜日)

三洋優勝

 ラグビーの日本選手権は三洋電機がサントリーに快勝し、初優勝しました。マイクロソフト杯では惜敗した相手に完勝で、見事に雪辱を果たしました。

 トニー・ブラウンは言うに及ばず、トンガ人の二人も凄かったですね。地球上で素手で戦ったら最強なのは、オセアニアの人たちという話を聞いたことがあります。その中でも南太平洋ではトンガ最強だったとか。ニュージーランドのマオリ族は彼らに押されて、ニュージーランドに住み着いたとか。そんな話が本当に思えるような体の強さです。

 ちなみに三洋、並びに宮本監督は優勝という2文字に縁のないチーム、人でした。Jスポーツの中継では、宮本監督自身が「7回決勝に出て一度も優勝していないのは世界記録ではないか」と話しているというエピソードが紹介されていました。そんな話も吹っ飛ばすような、三洋の強さでした。

 そういえば、バーバリアンズも似たようなところがありますね。東日本クラブトップリーグでも、全国クラブ大会でもなかなか優勝に手が届きません。この20年間近くで、優勝は東日本の2度だけです。2008年シーズンは、三洋に続いてそろそろと行きたいとことですね。

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2008年3月 9日 (日曜日)

Qちゃん

 9日の名古屋国際女子マラソンに出場した高橋尚子は、想像もできないような惨敗でした。何があったのでしょうか、30分もたたないうちに後退、ほとんどレースに参加できずに終わってしまった感じでした。不調でもいろいろなしがらみがあって、出場せざるを得なかったのだと思います。2年前の北海道マラソンに出場しながら、前日の記者会見で引退表明した千葉真子を思い出しました。千葉真子も大きく遅れながらも完走はしました。残念ながら高橋尚子のゴールはテレビ中継に入りませんでした。勝負は残酷です。

 ラグビー日本選手権準決勝は、サントリー、三洋電機が勝ち、マイクロソフトカップ決勝の再現となりました。東芝はどうしたのでしょうかね、と何度も言ってきましたが、全く同じ展開になりました。後半に粘りを見せてくれましたが、まったく歯車がかみ合ってませんでした。サントリーは完璧な試合運びでした。あの勢いなら最後は40点差くらいつくかなと思いましたが、そこは東芝の意地でしょうか。

 三洋はほぼ試合を支配していましたが、トヨタの切れ味に接戦に持ち込まれました。トニー・ブラウンがインターセプトされたり、負けるならこの試合という感じもありましたが、最後の反則をしないディフェンスは見事でした。

 三洋-トヨタと似たような展開だったのが、6カ国対抗のウェールズ-アイルランド戦だったでしょうか。今季の成績とは関係なく、長年のライバル同士は常に熱い試合になるようです。

 今回のアイルランド-ウェールズ戦で使われたグラウンドは、アイルランドの国技「ゲーリッグフットボール」の本拠地だったそうです。ランズダウンロードが改修中だったようですが、解説の藤島さんによると、ラグビーが英国の競技であることから、使用に難色が示されたそうです。この辺の旧宗主国と植民地の民族の対抗意識は興味深いところです。

 ゲーリッグフットボールのニュース映像を見たことがあるのですが、いわゆるフットボールとは無縁の、ホッケーのようにスティックを振り回してゴールを狙うような競技だったと記憶しています。もっともラグビー、サッカーの起源となったイングランドの民衆スポーツ「フットボール」は、必ずしも足でボールを蹴っていたわけでなく、どちらかといえばラグビーに近いものでした。皆で楽しむ民衆スポーツという範疇では、ゲーリッグフットボールも立派にフットボールといえるのではないかと思います。

 ちなみにサッカーは最も世界に普及した競技ですが、不思議とイングランドの旧植民地でナンバーワンスポーツになっていません。ウェールズでラグビーの人気が高いのもイングランドへの対抗意識があったと言われています。フランスなどラテンの国々が主導権を持って行われた国際大会=ワールドカップが競技の世界への普及に大きな力を発揮したともいえます。イングランドは後進国の大会と馬鹿にして、しばらくワールドカップには参加していませんでした。

 ちなみに旧英国植民地の人気ナンバーワンスポーツはこんなところでしょうか。

 ウエールズ ラグビー
 アイルランド ゲーリッグフットボール、次にラグビー?
 USA 野球、アメリカンフットボール(ラグビーから発展)
 ニュージーランド ラグビー
 オーストラリア ラグビーリーグ、オージーボール、次にラグビー?
 南アフリカ ラグビー(黒人はサッカー)
 カナダ アイスホッケー?
 インド クリケット、サッカー?

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2008年3月 3日 (月曜日)

パ・リーグのCS放送戦争決着

 プロ野球パ・リーグ5球団がCS放送の独占放映権を売却したソフトバンク子会社と、放送会社のJスポーツの交渉が難航していた問題が決着を見ました。Jスポーツが楽天を除く4球団の独占放映権を獲得し、これにより2008年シーズンは、今回の枠組みからはずれていた日本ハムを含めてパ・リーグの全試合がCSで放送されることになりました。2月28日にJスポーツが発表しました。楽天については昨年と同様に、スカイAが放送するようです。

  パ・リーグ4球団のCS独占放送権獲得 

  JSPORTS、パ・リーグ4球団のCS放送権獲得 

 CS放送とはいえ、テレビ放送からプロ野球の放送の一部が消えてしまう最悪の事態が避けられたことを素直に喜びたいと思います。ただ、交渉の結果、どのような内容で決着したのかは明らかではありません。サフトバンク子会社が当初の額を下げて妥協したという報道もありますが、どんな内容で落ち着いたか、興味深いところであります。

  パ試合、CSなどで放映へ!放映権料交渉が大筋決着

 私の記憶では、一番最初にCS放送権を売ったのは、パ・リーグだったと思います。そのときは、今回のように外部組織を通しての一括販売という形ではなく、球団が個々に交渉したため、黎明期のCS放送であったことを差し引いてもほとんどただ同然の金額だったと思います。当事者の球団関係者からでさえ、「もっとうまくやればいい商売できただろうに」という談話がスポーツ紙に出ていこたと記憶しています。

 日本のスポーツ界でまとまった独占放送権の売却といえば、日本ラグビー協会が最初だと思います。Jスポーツとの2003年から2008年までの5年間のCS独占放送契約でした。額はどれほどだったかは分かりません。地上波、BS派を除くということでしたが、ラグビー関係者の間からはこれにより地上波放送が消えてしまうことになる懸念が強くありました。とはいえ、トップリーグと大学ラグビー中継は、プロ野球とサッカーJリーグの端境期を埋める貴重な放送となっているではないかと思います。少なくともCS放送を入れるだけの余裕があるラグビーファンには、なくてはならないものになっていると思います。

 次の波はJリーグでした。スカパー本体が日本サッカー協会からJリーグについて2007年から2011年まで5年間の全試合放映権を獲得しました。5年間で総額150億円といわれました。2007年の放送はJ1、J2合わせて620試合でした。年間でならすと、30億円程度。J2分を割り引いて考えると、J1の値は年間20億円程度となるでしょうか。

 今回のパ・リーグの動きは、CS放送の独占放送権の売却が進む流れの中で、再交渉に当たるものとも言えます。そこで買いたたかれやすい個別交渉ではなく、放映権の一括販売に活路を求めたともいえます。放映権の金額に現れるのは、国内におけるスポーツの評価だと言えます。今回のソフトバンク子会社に対する放映権の売却額は5球団の360試合、1球団当たり3-4億円と言われます。5球団で15-20億円。

 Jスポーツ側は放映権料の高騰につながるとして、株主のスカパー!本体を含めて、このパ・リーグの交渉に難色を示してきました。一部報道では、最終的にソフトバンク子会社側が折れたということですが、実際の着地点ではどうだったのでしょうか。

 個人的にはプロ野球とサッカーの周囲の関心度の違いを考えると、パ・リーグ放送のソフトバンク子会社の言い値通りでも割安だと思いますが、報道の通りにであれば、CS放送市場におけるプロ野球コンテンツの再評価を目指した、パ・リーグの思惑通りには進まなかったといえます。一方で、一部で懸念されていたプロ野球セットの値上げもないようです。今回の合意はソフトバンク子会社が取得した2年間の放映権のうちの1年間のもののようで、来年はどうなるのか、巻き返しがあるのか、将来的な大型契約に発展するのか、注視したいと思います。

 競技の評価という意味では、2009年以降のラグビー協会の契約がどんなものになるか、注目したいと思います。 

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2008年2月28日 (木曜日)

ニュージーランドの寿司

 きのう、Jスポーツのスーパー14のハリケーンズ-レッズ戦を見ていると、後半にハリケーンズのスクラムハーフが交代、解説の村上さんが「この選手の好きな食べ物は寿司だそうです」という話を始め、「ニュージーランドにも寿司屋はたくさんあるんですね」という話になりました。「ニュージーランドの寿司か、うまいのかな」、なんて思いながら試合を見ていると、ニュージーランドの寿司について思い出した話がありました。

 時は第1回ラグビーワールドカップが行われた1987年。バーバリアンズからたじじさん、ボロ雑巾さんらが2週間あまりも仕事を休んで、観戦ツアーに出かけました。私は海外に行ってもアルコールさえあれば、何日でも和食がなくても困らないのですが、そのツアーには和食なしには済まない人がいたそうです。そこで、どの街かは忘れてしまいましたが、寿司店に入ったそうです。

 いざ食べると、物足りない。なんと、ご飯が酢飯でなかったそうですweep。そこで学生時代に函館の寿司店でアルバイトをしていたというAが酢飯をつくり、レシピまで教えてあげたそうです。20年前のことですが、海外での和食はこんなものだったのでしょう。

 私もその1年後にニュージーランドに遊びに行きましたが、チャーハンや焼きそばなどに手を出して失敗した記憶があります。そのとき以来、「外国での和食は似て非なる物だから気をつけろ」ということを肝に銘じています。

 グローバル化が進んだ現在では、こんなことはないでしょう。ちなみに、数年前に連れて行かれた米国サンフランシスコの寿司店は日本人がやっていただけあって、なかなかの味でした。真っ白になったシメサバは、見た目はひどかったのですが、美味でした。

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2008年2月26日 (火曜日)

サントリー初優勝

 先週末はまさにラグビーの週末でした。Jスポーツで放送されたのは、スーパー14・2試合、6カ国対抗3試合、日本選手権1回戦2試合、そしてトップリーグ・プレーオフのマイクロソフトカップ決勝と2日間で、8試合もの放送がありました。6カ国対抗のアイルランド-スコットランド戦を除いて、一応、見ました。これだけあると、見るだけで大変です。ただ、最近のテレビはすばらしもので、テレビにつないだハードディスクドライブに簡単に録画できてしまいます。見ては消して、見ては消しての繰り返しです。おそらくビデオテープでは7試合も録画はできなかったでしょう。

 トップリーグのMS杯決勝は、予想通りの好試合でした。サントリーが後半の風上にモール攻撃でもっとたやすくトライを奪っていくのではないかと思いましたが、三洋の守りもすばらしかった。文字通り、手に汗握りながら見ていました。トニー・ブラウンは本当にすごいですね。スタンドオフがラックサイドに立って、いの一番にタックルしても守りに穴が開かないものなのでしょうか。サントリーで光っていたのは、有賀でした。すごいタックルとキック処理の連続でした。私のあの試合のMVPは有賀です。彼がいなければ、三洋が勝っていたでしょう。何度も難しいキックを体を張って処理していました。

 ところで週末の猛吹雪はすごかった。一晩家を空けたのですが、帰ってくるSnowbyと駐車場が雪で埋まって車を入れる場所がなくなっていました。自転車も埋まってしまって、徒歩通勤を余儀なくされています。前日まで駐輪場には雪が全くなかったのに、この状態です。苫小牧は雪が少ない、雪が少ないと強調してきましたが、二月も終わりになって札幌の真冬になったかのような、厚い雪雲に覆われた日々が続いています。

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2008年2月18日 (月曜日)

スーパー14開幕

 15日の金曜日にスーパー14が開幕、Jスポーツで連日、試合が放送されています。試験ルールの採用でスクラムの役割減少を心配していましたが、3試合を見た感じでは、とりあえず、その心配はなさそうでした。ノットロールアウエー、ハンドなどがこれまでPKとなっていたものがフリーキックとなり、ゴール前のラインアウトからモールという展開が限られるようになりました。

 開幕試合のクルセダース-ブランビーズは雨の試合と言うこともあって、ミスが目立ちましたが、スクラムから5m後ろにディフェンスが下げられたこともあって、ゴール前では意識的にスクラムを選択する場面が目立ちました。また、中盤の攻防でも、スクラムを回されたりすると守備側が一気に前に出られないなど、スクラムの安定がその後の攻防に大きく影響を与えるようでもありました。

 2試合目のブルース-チーフスのニュージーランド対決はグラウンド状態もよく、少し落ち着いたゲームとなりましたが、3試合目のワラタス-ハリケーンズはひたすら走り回って、蹴って、当たってミスをしてという試合でした。大学のサッカーの球技大会に出た時の百姓一揆戦法を思い出しました。脚力にだけは自信を持つ野球部は、ボールに2、3人が殺到して相手の自由にさせないという戦法をとりました。体育会以外のサッカーサークルも出場する大会で、それなりの成績を挙げました。

 各チームともに試験ルールには適応する最中という感じでした。テレビの解説の小林さんは「ゲームが切れないので、物が食べられない」と話してましたが、試合を見ていて窒息しそうな感じがしました。あの激しい肉弾戦を見たあとに、トップリーグのマイクロソフトカップを見たら、何かほっとしました。

 南アフリカのカリーカップでは、今回の試験ルールとは別の、モール崩しあり、ラックで手を使ってよいというルールを試すそうです。今後、どんな展開ラグビーが見られるか、期待したいところですが、スーパー14の試験ルールは、過ぎたるは及ばざるが如し、というような気がしました。ますます我々のレベルとはまったく違うスポーツになってしまったようです。おじさんチームがあのルールでやったらどうなるのでしょう。死人続出ですね。

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2008年2月11日 (月曜日)

6カ国対抗

 ラグビーの6カ国対抗の第2週が終わりました。フランスと、ニュージーランド人新監督を迎えたウェールズが2連勝。アイルランド、イングランドが1勝1敗、イタリア、スコットランドが2連敗となりました。

 実力的には、バックス陣の好調さが目立つフランス、初戦をホームで逆転負けして今ひとつ調子が出ないイングランド、そしてウェールズが続いている印象なのですが、どの試合も意外に接戦になります。これが伝統の力なのでしょうか。

 今回の特徴としては、前半と後半で試合展開がまったく別というか、攻守が入れ替わってしまう試合が多いと思います。土曜日のフランス-アイルランド、日曜日のイングランドーイタリア。それに第1週のウェールズ-イングランド、フランス-アイルランドもそうでした。いずれも前半でほぼ試合が決まった、と思って風呂などに入って戻ってみると、最後まで全くどちらが勝つか分からない試合になっていました。

 ワールドカップが終わった直後で、各チームとも顔ぶれが変わり、いろいろな選手を試している、さらにチームの熟成度が低いことが理由といえそうです。また、説得力がないというか、偶然のトライ、トライを取りに行って取るという展開がどの試合も少ないことも気になります。特に昨日のイングランドなんか、前半のほぼ偶然に近い2つのトライがなければ、負けていたような試合でした。ラグビーリーグのニュージーランド代表から転身した、ごっついウイングがいるのに、彼にまともにボールが回ることはありませんでした。アナウンサーが「リーグに比べて、ユニオンはボールが回ってこないのでストレスを感じる、と言っている」と紹介してましたが、彼にボールを回さないのでしょうかね。ブラインドサイドで1対1の形にすれば、大幅ゲインは間違いなしだと思うのですが。彼を見るために起きていたのに、残念でした。

 あとは、イタリア、スコットランド、アイルランドの3カ国は、流れの中で全くトライが取れそうにありません。非常に寂しいものを感じます。

 今週開幕のスーパー14に期待しましょう。スクラムの後ろ5mのオフサイドライン、試合再開はフリーキックでスクラムが大幅に減るなどの試験ルールが採用されます。どんなラグビーが展開されるか注目です。限りなくラグビーリーグに近づきそうな気がします。

 個人的にはこの実験ルールには、違和感があります。スクラムが限りなく少なくなります。私みたいなスクラムを組むだけの人間はいらなくなってしまいます。見ていてボールが大きく回るラグビーは楽しいですが、スクラムはある意味、ラグビー競技の象徴だと思います。スクラムの意味がこれが軽くなるの限りなく寂しい。15人のうち8人が一カ所に集まり、力を結集して押し合う。その分の広くなったスペースを使って、残りの7人で抜き合う、これがラグビーだと思います。密集があって、広いスペースがある。このバランスがリーグにないおもしろさを演出します。

 そんなに横一線のアタックとディフェンスの攻防からのトライの奪い合い(ラグビーリーグそのものです)を見たいのであれば、いっそのことグラウンドの縦横を入れ替えてやればれいいのでは。トライは増えるでしょう。ルール改正の流れの中で、絶滅が危惧されるポジションの人間のたわごとです。

 ※蛇足ですが、先に書いたプロ野球、パ・リーグのCS独占放送権問題ですが、最後は収まるところに収まって欲しいと願っています。交渉が決裂して、Jスポーツの解約が相次ぐ→経営難→ラグビー中継の削減、なんて流れにならないことだけは願っています。Jスポーツの存在なしに、いまのラグビーファンは考えられません。

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2008年1月27日 (日曜日)

村田亘選手引退

 元日本代表のスクラムハーフで、ラグビートップリーグ・ヤマハの村田亘選手が引退を発表しました。1月25日に40歳になった村田選手ですが、実は村田選手とバーバリアンズにはちょっとした出会いがありました。

 村田選手が専大から東芝に入った1年目の1990年の暮れのことです。12月の全国社会人大会で神戸製鋼に敗れ、正月にラグビーの試合がなくなった(当時は社会人選手権準決勝は1月3日に行われていました)村田選手は、同僚の梶原選手とともに、「北海道にラグビーにとりつかれた人たちがいる」という話を聞いて、小樽のバーバリアンズの創始者の家を訪ねました。当時、私は転勤で東京にいたのですが、大晦日にたじじさまより、「おもしろい人たちが来たぞ」と電話がありました。そこで電話口に出たのが、村田選手でした。差し障りのないあいさつをしただけでしたが、感じのよい人やりとりだったと記憶しています。

 当時、バーバリアンズは道内では、「素人や外国人がいる変わったチーム」として知られる異色の存在で、発展途上でした。二人とバーバリアンズをつなげたのは、ニュージーランド人留学生でバーバリアンズから東芝入りしたディーン・サドラーだと思います。ディーンは当時の東芝監督の戸嶋さんに目をかけられ、東芝に入りました。その後も、バーバリアンズの初代招待選手でカンタベリー州代表のクレイグ・フィルポットが東芝入りしましたし、現在、東芝のCTBとして活躍するスコット・マクラウドも短期間ですが、バーバリアンズに籍を置きました(ワイカトのセレクションのためシーズン開幕前に帰国してしまいましたが)。東芝の外国人と、バーバリアンズとは少なからぬ縁があります。

 バーバリアンズの長老二人のラグビースピリットに触れた村田選手と梶原選手は、その後、日本代表の主力となり、ワールドカップに出場。二人が所属する東芝は、神戸製鋼の壁に何度もはね返されながらも、1997年シーズンから日本選手権3連覇を達成しました。さらに村田選手は、フランスに渡るなど大学時代から実に20年以上も第一線のラグビー選手として活躍を続けました。

 村田選手は、昨年7月に日本協会公認トップチームコーチの資格を取得し、今後、指導者の道を歩むのかもしれません。一方、村田選手と梶原選手に訓示を垂れたボロぞうきんこと、谷黒さんは、還暦を迎える今年も選手としてプレー続行を宣言しています。

 村田選手がバーバリアンズとの出会いをどう考えているのかは分かりませんが、定山渓のグラウンドで村田選手が谷黒さんと一緒にプレーをするのを見たいと思いませんか。

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2008年1月21日 (月曜日)

三洋強し

Tomag_2 今日も冷え込みました。朝の気温は氷点下12・5度、12時の気温も氷点下2・5度でした。苫小牧の町の真ん中にあるグラウンドも芝がむき出しのまま凍り付いています。これでも春になると、青くなるんでしょうね。生命力はすごいものです。夏芝が枯れて茶色になってしまった、冬の関東地方のグラウンドのようです。どこか熊谷ラグビー場のCグラウンドの雰囲気に似ていると思いませんか。

 週末のトップリーグは、三洋がヤマハに快勝して一番乗りでプレーオフ進出を決めました。昨日のヤマハ戦は、まったくすきがありませんでした。フォワードは安定していて、ブレークダウンに強い、バックスは切れ味鋭いランナーをトニー・ブラウンがうまく動かしています。ゲームメークの安定感も抜群でした。相手の攻めを受け止めて、ターンオーバーから一気にトライまで持って行くという絵に描いたような強いチームの戦い方でした。シーズン序盤から好調を続けてきたチームはそろそろ息切れしそうなものですが、勢いは弱まるどころが加速しています。

 土曜日は、東芝が不運な判定もあってNECに敗れ、4位までのプレーオフ進出争いは混沌としてきました。今季の各チームの戦いを見ていると、プレーオフ進出が4チームだけというのは何となくもったいないような気がします。

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2008年1月15日 (火曜日)

敗北

 バーバリアンズは14日の全国クラブ大会準決勝(北九州)で六甲クラブに14−17で敗れました。トライは後半のインジュリータイムの1本だけでした。内容的には完敗のようでした。六甲には相性が悪いのか、なかなか勝たせてもらえません。選手にはまた来シーズンに頑張ってもらいたいものです。

 試合のスコアはこちらです

 おじさんとしては残念がってばかりもいられないので、15日は休みだったので、日中に少し長めのランニングをしてきました。ふだんは山側に走っていくのですが、気分を変えて海側を攻めてみました。なかなか良いコースを見つけました。

 苫小牧港の西外れにある漁港区から西に(室蘭方面)に向かいました。途中、海岸公園みたいになっているところもあり、公園が途切れてからも護岸沿いに障害物もなく走れました。灯台の手前で折り返して同じ道を戻りました。山側のサイクリングロードもいいのですが、この海コースもよさそうです。

 きょうは日中は曇り気味だったのですが、晴れたら気分が良さそうです。苫小牧の海岸は南に面しているので、海沿いに建つ家は一日中日が当たって居心地がよさそうです。「定年後は海岸の廃屋を建て直して、天気のいい冬は苫小牧で過ごすのもいいかな」なんて考えながら走っていました。

 ところで苫小牧の海は潮の流れが速くて、海水浴をするのは危険だそうです。あちらこちらに海水浴禁止の看板が立っていました。危険を冒してまで泳ぐほどの技術も体力もありませんが、夏にかけてはランニングで楽しめそうです。

 ただ、気になるのは、じりじりと増える体重とそれに反比例する体力です。きょうも片道6キロを少し超えるほどの距離でしたが、なかなか大変でした。春にかけてなんとか気持ちよく走れるように身も心も軽くなりたいものです。

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2008年1月13日 (日曜日)

氷点下4度

 昨日は一日中、冷え込みました。苫小牧でも最高気温が氷点下4度までしか上がりませんでした。体がなまっていたので、軽く走りました。十勝や旭川にいたときはもっと厳しい冷え込みの時にも走っていた時に比べて軽装で走ったところ、やはり寒かったです。

 ただ、よくノルディックスキーの距離競技で見られるような、顔の周りにつららが下がるというような状態にはなりませんでした。十勝の本別にいたときには、よく夜に走っていたので顔につららができていました。

 十勝の田舎道を走っていますと、月の満ち欠けが夜の明るさがどれほど違うか、本当によく分かります。満月になると、周囲が明るみ渡せるようになり、新月になると、走りながらでも天の川が天空に横たわっているのが分かりました。

 そういえば、物音一つしない静かな田舎道では、音もよく聞こえます。道路から200メートル以上も離れている農家から、夫婦げんかのやりとりが聞こえきたときもありました。「うるいさい」「何言ってるのさ」「馬鹿やロー」。そして車のドアがばたんと閉まる音。どこで何を聞かれているか分かりませんね。今はとてもそんな寒い夜に走るなって気持ちは起こりませんが。

 ところで13日の全国クラブ大会1回戦でバーバリアンズは苦戦したようです。スコアは34-21でした。前半は4トライで22-14で折り返したものの、後半はトライを先に奪われて21-22とされた後、21分に相手のPG(失敗)が入れば逆転という場面もあったようです。26分と38分にポール、ブレットがトライを決め、何とか振り切ったようです。

 14日の六甲クラブとの準決勝は厳しい戦いになりそうです。 

結果はこちらへ

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2008年1月11日 (金曜日)

再び、時価

 全国クラブ大会を前にという訳ではありませんが、床屋さんに行ってきました。前回は思わぬ支出をした経験から、家の近くの別の店に行ってきました。

 道路から店をのぞくと、主人らしい男の人が一人いました。ドアを開けると、愛想よく挨拶をしてくれました。この人がやるんだろうなと思って椅子に座ると、奥に声を掛けました。出てきたのは、奥さんらしい女性でした。初めての客で緊張したのか、「耳が出る程度にしてください」とこちらから言ったほかは、向こうからは何も聞かれませんでした。ほぼ無言です。

 そうこうするうちに、お客さんではない顔見知りが店に入ってきました。主人の方はその人と松下電器がパナソニックに社名を変更することで「明るいナショナルがなくなるのかねえ」などと談笑を続けていましたが、髪を切ってくれている奥さんらしい人は相変わらず無言でした。口を開いたのは「髭をどうしますか」と聞いてきた時くらいです。いろいろと話しかけられるのはうっとおしい時もありますが、ひと言もないというのも何となく居心地が悪いものです。

 そうこうしているうちに散髪は終わりました。前の店と同様に、この店も料金表がありませんでした。「ありがとうございました。いくらですか」と聞くと、「ほとんど顔を剃っていないので、3000円でいいです」とおまけをしてくれました。ちょっとだけ得した気分になりました。

 全国クラブ大会はいよいよ13日に1回戦が行われます。1回戦の川南クラブは気を引き締めていけば大丈夫とは思いますが、準決勝に勝ち進んでくるであろう六甲クラブにはこれまで何度も苦杯をなめさせられています。今回は会社の休みの都合で九州に行けません。何とか勝ってもらって2月17日の決勝に進んでもらたいものです。

 

 組み合わせはこちらへ

 

出場チーム紹介

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2008年1月 3日 (木曜日)

大学選手権

 あけましておめでとうござます。昨日は小樽の長老様のお宅にお邪魔して、大学選手権準決勝を見ました。2試合ともにラックサイドの攻防で守り勝ったチームが勝利を収めました。

 第1試合の慶大-明大、第2試合の早大-帝京大ともに、明大と帝京大はともにあと一歩まで追い込みながら、結局、ディフェンスを破れずに負けました。

 チームの方針もあるのでしょうが、モールが潰れた後のラックサイドの潜り込みばかりを繰り返すシーンが繰り返されました。相手のフォワードが待ちかまえているところから、少し離れたポイントに巨漢選手を突進させるとか、何か工夫が必要だったと思います。特に帝京大は元気のいいバックローと巨漢プロップ、それに動きのいいハーフと役者がそろっていたのでもったいない気がしました。

 それにしても2試合160分もワンパターンの攻撃を見せられては、観客も飽きてしまったのではないでしょうか。ただ、慶大の密集サイドの守りは、東海大戦に続いて見事でした。決勝はもう一がんばりして、接戦にしてもらいたいものです。

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2007年12月23日 (日曜日)

忘年会

 バーバリアンズのおじさんチームの忘年会が21日の金曜日にJR桑園駅近くの焼肉店「シルクロード」でありました。苫小牧から私も参加しました。最年長は60代のY判事から最年長は大学3年生のアメちゃんまで二十人近くが参加して盛況でした。

 クリスマス前の連休とあって、忘年会グループもおり、お店も繁盛していました。ちなみにシルクロードとバーバリアンズのクラブハウスとして使わせてもらっている2階の「ブライアンブルー」は、バーバリアンズカードに入会していただくと、カード会員特典として、シルクロードは10%引き、ブライアンブルーはワンドリンク100円引きとなります。

 グラウンドとクラブハウスの話にもなりました。来シーズンは、できるだけジュニアを含めた多くのメンバーに使ってもらうために、提案しました。、おじさんチームは正午、Bチームは午後1時、Aチームは午後2時過ぎなど、と試合開始時間を固定し、おじさんチームの試合前にジュニア、ユースの試合や練習を入れるというものです。

 おじさんチームは、ジュニアのコーチ兼任の人が多く、これまでは、ジュニアの試合が別会場で行われるときは、涙をのんで、自らのプレーを断念していた人が少なくありませんでした。できるだけ、おじさんチームとジュニアの試合会場と試合時間を接近させて行けば、楽しみが増えると思います。また、ジュニアの前でタックルを外せない、歩いているところを見せられないという気持ちが、おじさんチームのレベルアップにつながると思います。

 来シーズンは、親子で楽しめる定山渓を目指したいと思います。そのためにもいい芝生にしなければ行けないと決意を新たにしました。

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2007年12月17日 (月曜日)

東高西低

 16日の日曜日はJスポーツで全国大学選手権4試合とトップリーグ1試合の放送がありました。つまみ食いしながら見ました。

 大学選手権は、関西1位の同大が筑波に敗れるなど、京産大が残っただけの厳しい戦いとなりました。一方、関東勢は早大が中大にやや手こずったものの大勝するなど東高西低を印象づけました。特に早大のほかにも大体大を蹴散らした慶大、大東大を完封した明大など対抗戦勢は全勝で、強さが目立ちました。

 不祥事の関東学院が出場しない今大会で、多少、早大に対抗できそうなのは、昨年までバーバリアンズでプロップを務めたジョシュアがいる東海大でしょうか。体格的にも抵抗できそうです。ただ1回戦を見たところでは、攻め手が多彩というか、ポイントが絞り切れていない印象で、早大以外の対抗戦グループの相手にも厳しい戦いになりそうな気がしました。

 三洋-東芝戦は、力強さを欠く東芝が三洋にいいようにやられました。今季はここ一番で取りきる力強さが少し影を潜めているようです。トップリーグも王者交代の時を迎えているようです。

 昨日は天気はよかったのですが、寒さが厳しかった。ランニングに出かけたのですが、30分で切り上げました。

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2007年11月25日 (日曜日)

YCAC

Ycteam 23日に横浜で開かれたYCAC(横浜外人クラブ)の35歳以上大会にバーバリアンズの一員として参加しました。昨年と同様に1回戦のぜんかいビアーズにはいいところなく敗れ、コンソレーションのプレートトーナメントに回り、初戦とは見違えるばかりの試合内容で松戸ボンバーズ、川越ファイターズに快勝して、またしても裏街道の優勝となりました。例年のことですが、アップ不足なのか、準備不足なのか。教訓が生きません。

 今年はフォワード、バックスともに2チーム分ができるほど参加者が多く、盛況でした。北海道からはバーバリアンズのメンバー10人に加え、深川ラガーからも3人が加わりました。本州勢では土方が一時から7キロも減量して復活したほか、渡辺、中岡、杉原、片山らが元気な姿を見せてくれました。

 たじじが何年かぶりでウイングで登場、有馬のおもいやりパスでトライまでには至りませんでしたが、ビッグマウスに恥じない、いぶし銀のプレーを見せてくれました。PKからの長原の電車道トライもありました。平島さんの見事なチェンジオブペースからの3年ぶりのトライ、41歳のテレビプレーヤー篠原のグラウンド左右横断トライなどもありました。宮原さんの怒りのノーボールタックル、鎌田の絵に描いたようなフォワードパスもありました。かくいう私も、有馬の心配りパスから久しぶりにトライをさせていただきました。

 ただ、けが人も出ました。第1試合で川嵜が古傷の腕を骨折、長谷川も国松のスタンピングで膝の裏に穴があき、脂肪が出るほど深い傷を負いました。二人ともに横浜の救急病院で手当を受けました。53歳の宮原さんは、無理な体勢からのパスで背中の筋肉を痛め、プレート決勝を欠場しました。

Yctamura この日の一番のインパクトは、弦巻さんと渡辺のトレーニング仲間で、柔道の全日本選手権出場経験がある田村さん(写真後ろ中央)のラグビーデビューでした。札幌第一高校から近大を経て、日本道路公団で活躍した柔道5段。1996年の講道館杯柔道大会では、5位の井上康生を上回り、3位に入っています。渡辺と弦巻さんの10年越しの説得でついにラグビースパイクをはきました。ものすごいパワーでちょんげりから5、6人をひきづって15メートル以上も突進しました。周りの選手はサポートを忘れて、ぼうぜんと見守るだけでした。

 大会は、ホストのYCACが、若手が充実してきたくるみクラブを破り、2年連続の優勝を果たしました。

 ミニ写真集もアップしました。

 

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2007年11月12日 (月曜日)

職人いらず

 11日の東日本トップクラブリーグ決勝は、タマリバに14-54の大差で完敗しました。タマリバにブレークダウンでの攻防で圧倒され、前に出てくるタマリバをキックで後ろに走らすことができなかったことが敗因のようでした。

 残留組のおじさんたちは札幌医大との練習試合(こちらも12-14で負けました)のあと、JR桑園駅前のクラブハウス、「ブライアンブルー」でJスポーツの生放送を見ながら声援を送りましたが、最後は悲鳴に変わりました。

Jgb1110yl 前日の10日は、谷黒さんとともに定山渓で一仕事しました。前夜からの冷え込みで、メーングラウンドのトラックは一面、霜が立って白くなっていました。周囲の森はすっかり葉が落ちて、カラマツだけが黄金色に輝いていました。

Jgb1110up この日の作業は、積年の雪の重みで屋根が落ちてしまった車庫の修理と、グラウンドへの土入れです。腰をかがめないと通れないほどに落ちてしまった屋根の落ちた車庫の修理は、長老の知恵、創意工夫のたまものです。さすが伊達に長く生きていません。使ったのは、物置に裏に捨てられていた鉄パイプ製の足場の残骸と木の板、谷黒さんが1980円で買った油圧式ジャッキ。鉄パイプで支えた当て木をジャッキアップして屋根を下から押し上げる作戦でした。最初は、押し上げては当て木をはずすと大きく戻るの繰り返しでしたが、徐々に屋根は持ち上がり、小一時間で腰を曲げずに立てるようになりました。

Jgb1110comp_2Ch1box  長年の風雪にさらされた屋根は穴だらけでしたが、2時間半ほどでほぼ完全な形に戻りました。仕上げは、今冬の雪の重みで再び屋根が潰れないように、鉄パイプの部材を使って、支柱を立てました。これもなかなかの出来映えで、雪の重みに耐えてくれるでしょう。この状態で持ちこたえてくれJgb1110s2_2れば、来春は肥料などの物置として活躍してくれるでしょう。もちろん、雨漏り対策のシートカバーなどが必要になるとは思いますが。3月の雪に埋もれた車庫と比べて見てください。

 知恵と労力プラス、1980円のジャッキ、廃材の活用で、車庫が復活しました。

 そろそろ、一部の窓の冬囲い、ラグビーポールの片づけが必要です。横浜でのオーバー35大会の後にでもやりたいと思っています。みなさんのご協力をお願いします。
 

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2007年11月 4日 (日曜日)

快勝

Jgb11033_2 オーバー35のおじさんが主力のCチームは、3日、定山渓で北海道東海大札幌を迎えて試合をしました。前半はバックスでボールが回らず、やや苦戦しましたが、後半はフォワード、バックス一体となった攻撃でトライを量産して快勝しました。小樽と定山渓を結ぶ朝里峠はこの朝、積雪がありました。JGBは冬の一歩手前という雰囲気でした。

Jgb11032_2 試合の方は、ラグビーは三カ月ぶりという諏訪はじめ、早大、帝京大を卒業したばかりの新人二人(名前を覚えられませんでした。ごめんなさい)、レスラー、圭吾の重量プロップの助っ人の力で、おじさんたちもラグビーをエンジョイできました。谷黒さんと宮原さんの両賢人の年齢合計は114歳(たぶん)。新加入の23歳二人を加えても4人でならすと40歳で、平均年齢では立Jgb11031派にオーバー35です。バーバリアンズのお年寄りは元気です。試合後は、近くの白樺の湯で泥と汗を流しました。

 グラウンドの方は、センターラインを挟んで両方の10メートルラインの間に、広い範囲に水たまりができて、田んぼ状態でした。試合が終わった後に、大きく芝がめくれたところを選手の皆さんに戻してもらいました。5分ほど終わる簡易なメンテナンスですが、どうなるか。4日の試合でもやってくれると、ありがたいのですが。2、3日後にどうなっているか、確認したいと思います。

 

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2007年10月26日 (金曜日)

なさい

 今週の水曜日にJGBにバイブロエアレーションの後始末をしたかったのですが、全国を騒がせた食肉偽装のM社の社長が逮捕されるXデーと重なったために断念しました。
 明日の土曜に整地作業に出かけます。ブログへの情報では、日曜日の試合でグラウンドがぐちゃぐちゃになったという話なので、実際に見るのは怖いものがあります。

 ちなみにバーバリアンズは土曜日に、三鷹オールカマーズと東日本トップクラブリーグ準決勝を東京・駒沢競技場補助グラウンドで戦います。

Ishi_akio_2 さて、このところの定山渓通いで、よくCDを聞いているのが、ロックシンガーの石井明夫です。

 先日、苫小牧のロックバーJAMでライブを見て以来、はまってしまいました。ライブの日に思わずCD2枚買ってしまいました。その1枚が「野生の花」でした。1999年に出したCDで、たぶん、売れなかったと思います。いい曲がいくつも入っていますが、その中でも特別に「なさい」という曲がお気に入りです。普段は日本のミュージシャンは聞かないのですが、いい感じです。ちゃっと変わった題名の曲ですが、

   「思うようになさい 思いつくままになさい 

   やりたいようになさい なすがままになさい」

と優しく語りかけてきます。

 石井明夫は1965年生まれの42歳。ヒットチャートとは無縁の骨太のロックシンガーで、いまも全国のライブハウスを渡り歩いて活動している人です。苫小牧のライブの時は、宿泊代を節約するため、店のソファーで寝て一晩を過ごしたと言います。伴奏のギターの人は車で寝ていたそうです。ヒット曲もなく、一般的には全く無名の人ですが、頑固一徹に歌いたい歌を歌っている人です。

 こんな石井明夫ですが、意外なところでバーバリアンズと接点がありました。「曼荼羅」です。バーバリアンズのライバルの一つである曼荼羅クラブは東京・吉祥寺のライブハウス「曼荼羅」のスタッフや常連客が始めたクラブです。石井明夫はある時期、このライブハウスを拠点にしていたそうです。

 石井明夫のホームページはこちらです

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2007年10月22日 (月曜日)

芝生更新

Jgb10201_2 20日の土曜日に定山渓グラウンド取得以来初めての大改修ともいえる芝生のエアレーションの更新作業を行いました。

 谷黒さん、平島さん、飴谷くん、東興産業の豊田さんら2人、それに私の6人で前夜以来の雨がちらつく中で、午前9時半ごろから機械の設定を行い、10時くらいから作業を開始となりました。東興さんにトラクター、バイブロエアレーション、目土散布機、ローラーと一式を江別から定山渓にはるばる運んでもらってきての作業となりました。

Jgb1020metsuchi_2 まずは目土入れとエアレーションから作業開始。エアレーションは、トラクターに、鬼の金棒のように長さ10センチほどのスパイクが着いた回転軸を回して、芝生に小さな穴をあける専用機具「バイブロエアレーター」を使いました。目土入れは、ささら電車のようなブラシを回して土を均等に散布する機械を使いました。この日は安平町追分の砂交じりの黒土約32トンを用意しました。メーングラウンド全面に厚さ3ミリで、さらに低くなって水がたまりやすい中央部にさらに1ミリを撒きました。

Jgb1020taniame2_3 大変だったのは、目土入れの機械にスコップで土を入れる作業。トラクターに引かれた目土入れの機械は、2メートルほどの幅で土を散布するのですが、100メートルほど走っうると土がなくなって戻ってきます。東興の人によると「スコップの手作業でやるのは初めて」ということで、通常はユンボか何かの機械力を使うそうです。尽力頼みのバーバリアンズ、しかも、労働力の4人のうち40代が3人。59歳の谷黒さんは青色吐息。飴ちゃんが獅子奮迅の活躍でした。昼過ぎから宮原さん、鎌田、秋本さんが助っ人に現れ、グッと作業負担は軽減。土の搬入は苦行は開始から4時間後の2時過ぎに完了しました。黒土の山を3つ征服して、4つめの途中で苦行は終わりました。思わず、終わった、と叫びたい気分でした。目土入れの終了から30分ほどでエアレーションの方も完了しました。

Jgb1020roller_2 この後は、東興のお二人の専門家の出番。スチールマットを使っての整地と、ローラーを引いての転圧作業をしてもらいました。小一時間ですべての作業完了の予定だったのですが、ここでトラブルが発生。前夜以来の雨でグラウンドに水が浮き、作業継続が困難になりました。作業を切り上げ、次週に持ち越すことになりました。事情が許せば、24日に作業を完了させたいと思っています。

Jgb1020taniguroame_4 作業終了後、最初から最後まで土運びの力仕事を続けた谷黒さんと飴ちゃんに、「定山渓温泉で一汗流しませんか」と声を掛けたのですが、谷黒さんは「温泉には行ったら寝てしまう」とまっすぐ小樽に帰ってしまいました。59歳と21歳の二人の頑張りなしに、この日の作業はありませんした。お疲れ様でした。 

 今年の5月中旬から始まった定山渓グラウンドの整備。今回のエアレーション、目土入れは初めての大規模なグラウンド改修作業となりました。9月以降は、ほどほどに芝生のグラウンドと言える状態になってきましたが、来年の春からはさらによくなると思います。来年はせっかくのグラウンドを積極的に使わない手はないと思います。使いながらの管理方法を考えていきたいと思います。

 

それにしても、「バーバリアンズの若者は何している!」。作業中に何度もうめき声がもれました。

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2007年10月13日 (土曜日)

峠に雪

Snow101307  今日はいい天気でした。定山渓は支笏洞爺国立公園のなかにあるのです。もちろん紅葉の名所です。支笏湖から定山渓に抜ける国道は、まだ、全山紅葉という訳ではありませんでした。冷え込みで峠に雪が降ったのではないかと心配したのですが、峠の日陰になっている場所には雪があったものの、路面自体は乾いていて、快適なドライブでした。

 1時間半ほどで定山渓に到着。グラウンドから見える二つの山(名前はないようです)の紅葉はそれほど進んでいなかったのですが、グラウンドの周りの木々は一足早く色づいていました。パークゴルフ場の木(たぶん桜)が真っ赤に色づき、とてもきれいでした。残念ながら持って行ったデジカメが電池切れで写真を撮れず、お見せできないのが残念です。代わりにグラウンドから見た山の写真をお見せします。

Jgb1013072  20日のエアレーションと目土入れのための黒土が到着しました。ついでにゴール前で芝生がはげて、低くなっていたところに土を入れました。目土しても凸凹は直らないと思ったからです。大きな穴は埋めておきたいと思いましたので、やっておきました。

 プロ野球のパ・リーグプレーオフ第2ステージの試合が始まっていたので、1時半ごろに切り上げて、帰ってきました。ダルビッシュの好投で日本ハムの快勝でした。あと2勝で日本シリーズです。勝負は何が起きるか分かりませんので、油断はできません。

 日本ハムは長年、Bクラスが定位置のチームでしたが、札幌移転で大変身を遂げました。とにかく勝ち方を知っている。「あの戦力で」といわれながら、いつの間にか勝ってしまう。すごいことです。

 昨年のレギュラーシーズン最終戦で、ダルビッシュがリリーフに立ってすごい球を投げたときから、勝利の女神が離れなくなったような気がします。それまでのダルビッシュは決して剛球投手のイメージはありませんでした。素質は抜群だが、小手先でかわしていた若者が、突然、殻を破って大人の投手になった。そんな感じでした。そして、ソフトバンクとのプレーオフ、さらには日本シリーズでもすごい投球を見せ、押しも押されぬ大エースになりました。救世主であり大黒柱。ダルビッシュは、なんだかイングランドのウィルキンソンみたいにも見えます。今の日本ハムには勝者のメンタリティーが感じられます。バーバリアンズにも欲しいものです。

 

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2007年10月 9日 (火曜日)

あぁ、オールブラックス

 ワールドカップ準々決勝のニュージーランド-フランス戦をビデオで見ました。結果は残念でしたが、前回のオーストラリア戦、前々回のフランス戦での敗北のように、どうしようもない無力感にとらわれるような試合ではありませんでした。
 前回のオーストラリア戦は後半はほとんど攻め手を封じられての完敗でしたし、前々回のフランス戦では最後にクロンフェルドが歩いてしまったように何か途中で試合をあきらめてしまったような感じもなく、今回は最後までオールブラックスらしい戦いぶりを見せてくれたと思いました。ただ、運がなかったと思います。最後の10分間にはターンオーバーになる大きなミスが二つ、うまくつないでいれば大チャンスになるのに焦ってつなげなかったミスが二つ。そこでミスなくトライするのが真の王者なのでしょうが、スタンドオフ二人が負傷退場するなどのアクシデントもあり、及びませんでした。
 フランスの逆転トライはスローフォワードが見逃され、オールブラックスがゴール前にあと5、6メートルに迫ったところでのターンオーバーはラックでフランスの選手にハンドがあったような気がしました。ただ、あそこまで流すレフェリーであれば、仕方ないことだったと思います。ニュージーランドには少しだけ運がなく、フランスは勝つためにやるべきことをやり遂げたのだと思います。
 それにしても、勝ってないチームが勝つことは難しい。あれだけ圧倒的な実力があっても負けてしまうのですから。バーバリアンズも今度こそと思うのですが、やり遂げてくれるかどうか。ここ何試合かの踏ん張りどころでの気持ちの弱さが気がかりです。

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2007年10月 2日 (火曜日)

不摂生

 不摂生がたたった週末、週明けになってしまいました。

 30日の日曜日は、札幌月寒競技場で東日本トップクラブリーグ1次リーグ。バーバリアンズは昨年の全国クラブ大会で冷や汗をかかされた高麗クラブと対戦。キックオフから激しい気合いで当たってくる高麗に押しまくられて、ミスを連発。5分に先制のPGを許した。その後も激しい当たりに苦しみ、ようやく反撃のトライを挙げたのが15分。30分と35分にトライを追加して19-3で折り返した。前回の対戦では、後半に入ってからの高麗の巻き返しに慌てる場面があっただけに、余談を許さない展開が予想された。ところが後半は、高麗の出足が急に止まり、後半だけで9トライを挙げる一方的な展開となりました。最終的には76-11の大勝でした。

 バーバリアンズは絶好調でしたが、ワールドカップ観戦などに伴う睡眠不足で、私は散々でした。土曜朝のイングランド-トンガ戦を未明に起き出して見てから、仕事に出たのですが、どうも眠たくてどうしようもありません。夜の11時ごろに仕事を終えて、ちょっと飲みに出かけたのが悪かった。翌朝、カメラ一式を点検して家を出たのですが、カメラバッグにはメモリーカードが容量がちいさなものが2枚しか入っていませんでした。普段は300枚くらい撮るところを、全部で80枚くらいで終わってしまいました。
 さらにその夜、学生時代の仲間から呼び出しがあって、月曜日も休みだったので札幌に泊まってススキノ(札幌の歓楽街)に出かけました。ついつい調子に乗って、よせばいいのにカラオケにまで行って午前様。翌日はさらに睡眠不足による体調不良が重なり、カメラ一式を忘れて帰ってきました。昨日は10時過ぎに寝ましたが、まだ、頭がボーとしている状態が続いています。

 5月からの定山渓通いも6カ月目を迎え、疲れがたまってきていることを実感しています。あと1カ月半、5-6回通うことになると思いますが、何とかやり遂げたいと思っています。今週末は金曜日から3連休になるので、作業の仕上げに定山渓温泉に一泊して、がっちり土入れをしたあとに温泉につかって疲れを取ろうかなどと考えたのですが、安く泊まれる勤め先の保養所は予約がいっぱいでした。残念でした。

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2007年9月24日 (月曜日)

ラグビーざんまい

 23日は、朝から札幌月寒競技場でのラグビーフェスティバルの手伝い、そしてメーン試合の東日本トップクラブリーグのバーバリアンズ-タマリバ戦を見たあと、家に帰ってからは録画を含めてラグビーワールドカップ3試合をテレビ観戦と、一日中ラグビー漬けの一日でした。さすがに深夜のニュージーランド-スコットランド戦までは体力が持たずに寝てしまいました。

Ejtamariba0923 今季の東日本トップクラブリーグ初戦のバーバリアンズは、PGで先制したが、その後にゴール前のキックをチャージされて最初のトライを奪われるなど、終始リードを奪われる苦しい展開。前半を10-24で終了し、そのまま引き離されそうな展開だったが、踏ん張った。ゴール前に行くと、執拗な力勝負でトライを返し、残り5分で5点差に迫った。だが、最後のワンプレーでトライされ、結局36-24で敗れました。昨季の全国クラブ大会決勝での大敗をはじめタマリバにはもう数え切れないほど連敗しています。いつものように最後はタマリバのうまさにやられました。微妙にためをつくって、相手デフェンスを足を止めて攻撃の起点をつくるスタンドオフのうまさにかわされました。昨日の試合は力勝負では互角でしたが、やや展開力、膠着した状況を打開する力の差があったように見えました。今季こそは、タマリバの壁を乗り越えられるのだろうか。全国クラブ大会を含めると、あと2試合あるので、今季こそ雪辱したい。

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2007年9月13日 (木曜日)

サクラ散る

 ワールドカップ1次リーグの第2戦、日本代表はフィジーに31-35で惜しくも敗れた。あと一歩、だが、このあと一歩が実に遠い。我がバーバリアンズも、何度もタマリバをあと一歩のところまで追いつめながら敗れている。越えられそうで越えられない壁というものはあるもの。昨日のフィジー戦も勝てた試合だっただけに、無念の思いが募ってしまう。
 昨日の日本代表を見ていると、ハンドリングミスが多く、とてもバックスでトライをとれるような感じがなかった。かつての日本代表のお家芸だったセットから一発で取るプレーを、逆にフィジーにやられてしまって…。日本はプレーを徹底的に仕込んでやるのですが、それとは対照的にあっさりと個人技でやられてしまった。個人の能力差をまざまざとみせつけられた。今の日本はフォワードが健闘するが、バックスは空回り。以前の東芝ではないけれど、日本が世界で戦うにはモールに固執するしかないのかなぁとさえ思ってしまう。「バックスに回すな」とか、「サイド、サイドで行け。最後はモール」とかいうのは、何だかバーバリアンズのおじさんチームと同じ。これでは寂しい。
 日程があくウエールズ戦で何かやってくれそうな感じもありますが、やっぱり無理かな。それにしても逃がした魚は大きかった。

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2007年9月 9日 (日曜日)

激しい練習

 いつも1日遅れです。8日は未明にラグビーワールドカップの開幕戦を見て、睡眠時間4時間で起きて、定山渓に向け出発、12時前に着きました。台風の雨が上がって3,4時間たてば、芝も起きてきて刈り込みはできるだろうという計算でした。グランドの周囲は雨の痕跡を残しつつそれなりに乾いた状態でしたが、メーングラウンドは中央部などが長年の使用で低くなっていることもあってかなりの面積で水たまり、ないしは湿地状態でした。この日に刈り込まないと次の週は日中に定山渓まで来るにはかなり厳しい勤務ダイヤになっていて(実は自分で作ったのですが…)、「今日やらなければ、だめ」の覚悟で水しぶきをたてながら、野球場も合わせて刈り込みをやりました。きちんと管理をしている競技場では、絶対こんなことはやらないで、状態が良くなってから刈り込みをするのでしょうが、一人でしかも仕事の合間にやっているので、「この日やらなければ」という日が出てきます。個人的には、ベストではなく最低限、もしくはベターを目指すグラウンド管理では仕方がないと思っています。やらないよりやった方がいい、という精神でやっています。
 メーングラウンドの刈り込みを終えたころに、バーバリアンズAと道都大学の選手が来て、練習を始めました。湿潤なグランウドでしたが、メンバーの一人から「野球場でやりましょうか」というありがたい提案がありましたが、大きな破綻はないだろうと思って、メーンで練習をやってもらいました。イングランドのグランドを思わせる重いグラウンドで、10対10の実戦練習など激しくやっていました。私は翌日の試合に備えて、なまった体に活をいれるつもりでグラウンドの周囲などをダッシュを交えて走っていました。いまはあんなハードな練習に加わったら翌日の試合が出来ません。寄る年波に勝てずということを自覚する自分がいます。
 ところでワールドカップ開幕戦のアルゼンチンはすごかったですね。独自のスクラムの組み方や足技としか言いようがないキックなど、個性的なラグビーは以前から好きでした。プロップのメンデスとかいました。イタリア代表に鞍替えしてしまったドミンゲスは、名スタンドオフの西村さんに蹴った後の姿が似ていたと思っていました。イングランド-アメリカ戦もおもしろい試合で、今日この後から始まるウェールズ-カナダ戦で波乱があったりして。そうしたら日本代表は困るかもしれないけど、おもしろことになりそう。
 ちなみに9日のウォーリアーズ戦は熱中症になりかけながらも何とか勝ちました

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2007年9月 1日 (土曜日)

初めまして

 ラグビークラブの北海道バーバリアンズに所属しています。昨年30周年を迎えたラグビークラブは長年の夢が実って2007年春に札幌市南区定山渓にグラウンドを取得しました。クラブのグラウンドの誕生に伴い、「定年後の夢はグラウンドキーパー」と10年来言い続けてきた私は、念願の新米グラウンドキーパーの仲間入りを果たしました。このブログでは、半年を経て試行錯誤が続く芝生育成はじめ、ラグビー、音楽その他趣味のもろもろをつづりたいと思います。

 今年4月に取得したグラウンドは、旧NTT札幌総合運動場で広さ6ヘクタール以上、陸上競技場のメーングラウンドと野球場を備える立派なもの。ただ、閉鎖から3年たっていて、知り合いから紹介された芝生の専門家の方に「芝生というよりボサ(枯れ草)の山」と言われるほどの惨状でした。グラウンドづくりに挑戦したNPOやサッカークラブの事例や芝生づくりの本を勉強したとはいえ、右も左もわからない状態でのスタートでした。

 6、7月の干ばつ、夏の猛暑を耐えたグラウンドの芝生は、生き返ったように見えます。植物の生命力に驚かされた半年でした。

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