音楽

2009年10月31日 (土曜日)

衝動買い

 きのうヤフーオークションで気になるギターを見つけて以来、頭に血が上ってしまい、衝動買いしてしまいました。

 K・ヤイリという日本のメーカーのWY-1という米国輸出用モデルのギターです。ヤフオクで見たときは4万円台でした。これは、と思い立ち、ヤフオクに入会、絶対競り落とすの覚悟で今日の午後10時過ぎの終了時間を待つつもりでした。一夜明けて、5万円台になっていたので、試しに入札してみると、いきなり競争相手が8万円台に跳ね上げました。前の晩には7万を限度にと思っていたのですが、ここは何としてもとヒートアップしてしまいました。その後9万円台にまでなってところでギブアップしました。

 その後も9万台後半に上がっていきましたが、途中で別のギターサイトに入ってみると、中古品が売っているではありませんか。だいたいの相場が分かりまし た。最終的にはヤフオクの値段は手数料を含めると、別のサイトの中古品の値段を上回っていました。オークションで熱くなると、結果的に損をすることもある んですね。

 実はこのギター買いには伏線がありました。1カ月ほど前に苫小牧のリサイクルショップで激しく破損したこのギターを見かけました。1万円台だったと思います。先日、気になって意を決して店を覗いてみましたが、すでに売れていました。それから気になって気になって。どうにもなりませんでした。

 さらに昨日分かった事なのですが、私がこよなく愛しているアメリカのバンドのギタリストが作ったというか、名前のついたモデルだったのです。こうなると、もうどうしようもありません。ギター探しで日夜、ネットサーフィンをすることになるのが必至でしたので、ポッチとやってしまいました。

 だけど衝動買いして何に使うんだろうと、反省する私です。いいんです。

 I will walk alone by the black muddy river
 And sing me a song of my own

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2009年1月30日 (金曜日)

これはいい

 風邪なのか、鼻炎なのか、具合が悪くなりそうで、なかなか悪くならない中途半端な体調でさえない日々が続いています。熊の冬眠みたいに春の前に充電したい時期なのですが、知らず知らずに疲れが募ってきます。

 これまではスタッフに恵まれて仕事では何のストレスもなかったのですが、いまはかつてない危機感を持っていることも影響しているのかもしれません。

Bloomfield  そんな毎日を癒してれるのが、このCDです。Mike Bloomfield(マイク・ブルームフィールド)の「If You Love These Blues,Play 'em As You Please」です。1970年代のレコード2枚を1枚にした復刻版です。ブルームフィールドは、1960年代後半のロック世代のアメリカ最初ギターヒーローで、私がロックを聴き始めた時は、「スーパーセッション」などで知られ、偉大な白人ギタリストの一人に挙げられていた人でした。しかし、70年代半ばには表舞台から姿を消し、マイナーレーベルから何枚かのレコードを出した後、1981年にサンフランシスコの駐車場で意識不明の状態で発見され、亡くなりました。ギターヒーローの悲しい最期でした。

 このCDはちょうど、巨大ビジネス化したロックに背を向け、自分が好きなブルースを演奏していた時期のものです。前半は、コメントを交えて大好きなブルースを弾いています。後半は79年の録音で、アコースティックギターのWoody Harrisという人とのギターデュエットで、ブルースやフォーク、ゴスペルを弾いたり、歌ったりしています。特に後半の音楽は、今で言うならアンプラグドといえるものです。当時はクロスーバーさらに、ディスコ全盛の時代にあって、アメリカの古き良き音楽を楽しそうに歌い、弾く姿は感動的です。まさにグッド・オールド・タイム・ミュージックです。

 悲劇的な最期から、どちらかというと、時流に乗れずに時代に取り残されてしまったギターヒーローのイメージを勝手に持っていましたが、このCDを聞いて、目から鱗が落ちました。不器用に見えた生き方は、商業主義で巨大化したロックに背を向け、本当に自分の好きな音楽を追い求める純粋な気持ちの現れだったのです。

 MTVでアンプラグド番組がレギュラー化するのは1989年。ブルームフィールドはそれより10年も早く、アンプラグドアルバムを出していたのです。あのディスコやユーロビートの時代にです。時代遅れどころか、早すぎた人だったのです。もし長生きしていたら、ブルースフェスティバルなどで楽しそうにオールド・タイム・ミュージックを演奏する姿が見られたはずです。

 誰も知らない人で済みません。ウイキペディアによると、ローリングストーン誌2003年8号の「ローリングストーンの選ぶ歴史上最も偉大なギタリスト100人」で22位だったそうです。

 

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2008年12月29日 (月曜日)

訃報デラニー・ブラムレット

 1960年代後半から70年代前半にかけてロックの新しい流れをつくった米国のバンド、デラニー&ボニーのデラニー・ブラムレットが27日、亡くなったそうです。69歳でした。

 当時、スワンプと言われた米国南部の香りを漂わせた音楽は、エリック・クラプトン、ジョージ・ハリソンはじめ数多くのミュージシャンを魅了しました。今ではギタリストより、歌手の印象が強いエリック・クラプトンですが、彼が歌うにようになったのは、デラニーのすすめでした。曲の作り方を教えたのもデラニーだったと言われています。

 1970年(たぶん)に「エリック・クラプトン」として出されたソロアルバムのタイトルについては、デラニーが「エリック・クラプトン・シングス」とすべきだと提案したそうですが、却下されたそうです。ギターの神様といわれたエリック・クラプトンが歌うことことが当時は衝撃的な出来事だったのです。エリック・クラプトンはこのあと、デラニー・アンド・ボニーのバックバンドをほとんどまるごと引き継いで、デレク・アンド・ドミノスを結成し、あの「レイラ」を生みます。

 オシドリ夫婦だったデラニー&ボニーは離婚に伴い、解散。このあと、デラニーは2、3枚のソロアルバムを出した後、30年近く、表舞台から姿を消しました。

 結婚する前の10代のボニーはアイク・アンド・ティナ・ターナーのバックで顔を黒く縫ってバックコーラスを務めていたことがあったそうですが、1970年代から80年代に大活躍したティナ・ターナーの自伝映画では、バンドリーダーの夫アイクが極悪非道な暴力夫であったと描かれていました。同じバンドリーダーで夫のデラニーも似たようなところがあったようです。また、エリック・クラプトンとの関係にも微妙なところがあったようです。

 しかし、デラニーは2000年に「sound from home」を出し、今年も「A New Kind of Blues」という新しいCDを出したばかりで、これからベテラン復活かと期待したところでしたが、突然の訃報に驚きました。冥福を祈ります。

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2008年11月 9日 (日曜日)

Change

 アメリカ合衆国の大統領選でバラク・オマバ氏が次期大統領に決まりました。史上初のアフリカ系アメリカ人の大統領誕生という歴史的な出来事を伝える現地の新聞の写真の見出しに書かれた「Change has come to America」の文字に目を奪われました。

 見覚えるのある、いや、聞き覚えのある言葉でした。サム・クック(Sam Cooke)の曲「A change is gonna come」と似ている。

 新聞の見出しは、オバマ氏の勝利宣言から採られた、この歴史的出来事をそのものずばりで表す言葉でした。そして、その「Change」は、1964年に亡くなったサム・クックがこの曲の中で訴えた「Change」を直接に引き継いだものでした。

 サム・クックは、1950年代から1960年代に活躍した大スターで、現在で言うソウルシンガーの先駆けといえる人です。ただ、その音楽的業績にとどまらず、黒人のミュージシャンが白人に言いように搾取された時代にあって、自らの音楽出版社や若手育成のためのレーベルを作るなど黒人の地位向上の取り組みを実践した人でありました。

 日本では、今回のオバマ大統領誕生に絡んで、黒人の公民権運動の先駆者の中で「I have a dream」の演説で有名なキング牧師にスポットライトが当たりがちではありますが、サム・クックもまた、音楽の大スターというだけではなく、当時の状況において黒人の地位向上の取り組みの先頭に立った同世代の先駆者として、キング師と同列に並べられるに値する人物でした。また、同じく暗殺されたマルコムXや、ベトナム戦争への徴兵を拒否して世界タイトルを剥奪されたボクシング世界チャンピオンのモハメッド・アリ(当時はカシアス・クレイ)とも親交が深く、ある意味でキング牧師以上にラジカルな面もあったといいます。

 当時のアメリカ南部は黒人の少年が白人の女性に声をかけただけで、殺されてしまう事件が起きるという絶望的な状況でした。こうした中で、動き始めた公民権運動に対して凶暴な様相さえ見せる根深い人種差別主義に直面して、サム・クックは1963年にプロテストソングともいえる「A change is gonna come」を録音しました。

 歌詞は

 I was born by the river in a little tent
 Oh just like that river I’ve been running ever since
 It’s been a long, a long time coming
But I know, a change is gonna come,oh yes it will

 略

 There been times when I thought I could’t last for long
 But now I think I’m able to carry on
 It’s been a long, a long time coming
 But I know, a change is gonna come,oh yes it will

 世界恐慌のまっただ中の1931年にミッシシッピ州クーラクスデイルに生まれ、シカゴで育ったサム・クックは、ミッシシッピ川に例えて歌い始めます。「川の畔のテントに生まれた。それからというもの、僕は(川の流れのように)走り続けている。長い、長い時間がたった。だけど、いつかは変化が訪れるさ きっと」と。

 オバマ氏の勝利演説はこの曲に対する返歌といえるものでした。

 It’s been a long time coming、but tonight,bcause of what 
 we did on this date in this election at this defining moment    change has come to America.

 この言葉が新聞の見出しになっていたのでした。

 あとでサム・クックとオバマ氏の「Chnage」をネット検索して分かったことですが、オバマ氏は選挙戦のキャンペーンでこの曲を使っていたようです。自らがいわゆる典型的なアフリカ系アメリカ人ではないという出自もあり、黒人の先達を意識的に取り上げたという意味合いも少なからずあったとは思いますが、サム・クックの一ファンである私にとってはうれしい発見でした。

 サム・クックは1964年に、公民権運動の終着点を見届けぬまま、未明のホテルで娼婦に撃たれて死ぬという不可解な事件で、34年間の生涯を終えました。公民権運動の決着も見ぬまま、帰らぬ人となりました。事件は警察が「またニガーが殺されただけの話さ」と単なる射殺事件として処理されていたという。皮肉にも、殺された朝の新聞にはキング牧師のノーベル平和賞受賞の記事が載っていたそうです。

 もし生きていたら77歳です。アフリカ系アメリカ人の大統領誕生という、このできごとをどう受け止めたのでしょうか。

 サム・クックのことをお知りになりたい方は、伝記の「ミスター・ソウル サム・クック」(ダニエル・ウルフ著・ブルース・インターアクションズ刊)が最適です(中古本で入手可能ですが、高価です)。DVDも出ています。

 また、サム・クックが生きた1960年代前半の空気に触れると言うであれば、ともに映画の「Ali」と「マルコムX」がいいのではないでしょうか。

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2008年10月 1日 (水曜日)

掘り出し物

Amp1  ちょっとした掘り出し物がありました。パソコンで音楽を聴く時に使うコンポセットです。アンプにスピーカー、CD、MD、それに謎のコントローラーもついて、3150円でした。ハードオフのジャンクコーナーでゲットしました。

 ネット環境では、iTunes以外にもインターネットラジオやストリーミングでいろいろな音楽が聴けます。最近、ネットのストリーミングで、好きなバンドの30年分のライブがいつでも聴けることを知って、パソコンにつなぐアンプとスピーカーを探していました。偶然ですが、ハードオフのジャンクコーナーで最適のものを見つけました。

 たいていのコンポセットは、CDやMDの駆動系や光学系が先に壊れてしまうので、ジャンクのコンポセットとといってもアンプやスピーカーは問題なく使えるものが大半です。ジャンクでないコンポセットは1万円以上の値段がついていましたが、補助(AUX)端子でパソコンに接続して使う分には十分です。

 買ったセットは、1997年に出たパイオニア製で、ディスクジョッキーのリミックスができるような特殊なコンポでした。普通のCDやMDをつなぐ端子がなく、そのせいもあって破格のAmp2 値段が付いていたのかもしれません。それでも出た当時は、10万円以上の値段が付いていたようです。アンプには、ラジオもついているうえにタイマーが使えるもので、とても重宝しそうです。さらにスピーカーは3ウェイの本格派です。MDやCDは使い道がないので廃棄処分の予定ですが、これで3150円は安い。CDを取り替える手間いらずで、2-4時間のライブが続けて聞けるので非常に重宝しています。我ながらいい買い物でした。

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2007年9月22日 (土曜日)

穴埋め

 21日はワールドカップのウエールズ戦の大敗を見届けて、一眠りしてから定山渓に行きました。天気は曇り時々晴れ、小雨交じりというすっきりしないものでした。家に帰って新聞を見ると、札幌はなんと観測史上最も遅い真夏日だったということ。秋なのに妙に暑いと思って作業をしていたので、体は正直です。すごい量の汗をかきました。

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 刈り込みを終えてから、初めてトラクターに牽引車をつけて、グラウンドの補修の土入れに使いました。さすがに機械力は違います。この牽引車はクラブ代表が購入してくれた集草機の一部のもの。集草機自体は、6月に機械の説明を受けたときに一度使いましたが、広い面積の刈り込みをしていると何度も刈り取った草を捨てに行かなければならず、とても作業がはかどらないので倉庫入りしていましたが、荷台はついに復活しました(このグラウンドの芝生がもっと高いレベルになって、有名クラブを招いて試合ができるようになれば集草機は大活躍することになると思いますが…)。これまでグラウンドへの土入れは手押しの一輪車をつかっていましたが、機械力にかないません。一人でも相当の面積ができます。春に補修用に入れた土16トンの消化が秋のうちにできそうです。作業は凸凹が目立つグラウンドなので、穴が目立つところに土を入れてトンボでならすという単純な作業です。季節外れですが、目土入れの効果もあるのではないかと思っています。
 グラウンドの整備では、あるべき姿とできることのギャップに悩みます。集草をすることが芝にいいことは分かっていますが、それをできるほど時間がないということもあります。定山渓の場合は5−7日に一度のペースの刈り込みですが、残った草がそれほど支障になっていないようです(使う側からそれほどの芝のレベルを求められていないこともありますが)。ただ、刈り込みの間隔が7日になったときは、サッチが芝にのしかかるようで、さすがに厳しい感じがします。人手も時間もない中では、教科書通りではなく、グラウンドの状態を見ながら自分で考えてやるしかないのかな、と思っています。自己満足ですが。

Belly_of_the_sun_2  定山渓に行く途中に聞いたのが、カサンドラ・ウィルソン(Cassandra Wilson)のベリー・オブ・ザ・サン(Belly of the sun)。ジャズボーカルの人だが、ジャンルを問わずに歌っている人。ライナーノーツによると、このCDは2000年に出身地のミシシッピ州で録音されたもので、デルタブルースをベースにした音楽とのこと。いわゆるルーツ志向の音楽ということと、1曲目にザ・バンドの名曲「ザ・ウエイト」が入っていることもあって手に入れた。2002年の発売当時は全体に音楽にビートが感じられなくて、今ひとつの印象でした。音楽全体にブルースらしいベース音のドライブ感があれば、いうことなしだったのですが。昨日久しぶりに聞いた印象も同じものでした。
 ただ、このCDで久しぶりにアコースティックギター、あるいはドブロのスライドギターを耳にしたと思います。アンプラグド全盛の時代でも、渋いスライドを決める人はお目にかかれなかったような気がしました。最近はTVのCMでもこの手に音を耳にすることが多いのですが、これを聞いたときはなんだか新鮮な気持ちがしました。

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2007年9月 7日 (金曜日)

台風接近

 6日は台風接近に伴う雨の予報で、定山渓行きは取りやめ(実は二日酔いに伴う体調不良)。
一日中、Jスポーツでラグビーの試合を見てました。ラグビーワールドカップは明日、フランスで開幕するが、たとえ負けても日本代表はこれまでと違う試合を見せてくれると思う。

 芝は6日から7日未明の雨で生き返りそうだ。適度の雨がなければとたんに生きが悪くなる。特に芽を出し始めの芝はすぐに影響が出てしまう。これまで芝がはげてしまったゴール前と中央部に2回、種を撒いたが、1度目は干ばつで全滅。7月末に撒いた種は順調に育ったかに見えたが、再びの干ばつで風前の灯火だ。シートをかけても焼け石に水といったところ。1週間に1度の雨は欲しい。秋は干ばつの心配は少ないだけに、来年につながるよう、こまめに穴埋めと種まきをして、芽を増やしていきたいところだ。

Nightmuseum  DVDで「ナイトミュージアム」を見た。ニューヨークの博物館の展示物が特別な力で命を吹き込まれ、夜な夜な動き出すという話。その中で前回、CDのことを書いたAllman Brothers Bandのことが突然出てきた。主人公のベン・スティラーが南北戦争の兵隊に争うのをやめるようさとす場面で、「北が勝つ。でも南には サザンロックとナスカーがある(英文ではYou gey get Allman Brothers ... and NASCAR)」と。この映画でオールマンの名前を聞くとは思わなかった。サザンロックといわず、エルビス・プレスリーが南部出身のように白人文化と黒人文化が融合して生まれたロックンロールは南部から生まれたもの。カーレースのナスカーも、禁酒法時代に密売の酒を運んだ荒くれドライバーが形づくったものだ。この辺の事情はピート・ダニエル著「失われた革命ー1950年代のアメリカ南部」(青土社)に詳しい。

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