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2011年3月28日 (月曜日)

古豪復活

 選抜高校野球の2回戦で北海高が奈良の天理高に1-0で勝ち、準優勝した1968年の大会以来、48年ぶりの8強入りを決めました。古豪復活です。ちなみに北海は1960年に準決勝に進んでおり、ベスト8入りは4度目です。

 私は1960年生まれですが、物心ついた時には、北海高の選抜準優勝は北海道の野球界の輝ける歴史として語り継がれていました。ただ、私の成長期の北海道勢は出ると負け状態で、歴史と現実はかけ離れたものでした。駒大苫小牧の優勝まで、北海道勢は甲子園ではお客さん状態が続いていました。

 北海道勢の低迷の時期は、当の北海高校も、不祥事で選手が青函連絡船に乗って帰って以来は長く低迷期が続きました。実は私の小学校から中学校にかけてチームメートのエースが北海復活の期待を担って、黄金時代の監督の復帰に合わせて進学しましたが、2年生の時に全道大会決勝に行ったのが最高で甲子園に行くことはかないませんでした。

 北海はその後、何度か甲子園に出場して夏の大会で2勝したこともありましたが、今回は16年ぶりの出場でした。

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2011年3月22日 (火曜日)

プロの洗礼

Dome0321_2  昨日は札幌ドームに行ってきました。斎藤の先発です。見事にプロの洗礼を受けました。

 たらればですが、三回の先頭打者の投ゴロをしっかり捕っていれば、違う展開があったのかもしれません。帰ってから再放送を見ましたが、気負いから来る力みのせいなのか、甘いところに吸い寄せられるように投げていました。難しい球を打たれたのは、林とブラゼルくらいでした。

 それにしても左打者に思いっきり踏み込まれて打たれていました。行儀がよいので、打者も安心して打ちに来ているようでした。

 阪神先発の久保は、緩急をつけた投球でファイターズ打線を手玉に取りました。斎藤は遠くから見ても変化球を投げるときにバランスを崩していた場面が何度かあったのに対し、久保はゆったりと動作が始まり、しっかりと力をためてから良く腕を振って投げ込んでいました。球速などは斎藤とほとんどかわらないのですが、プロの釜の飯を何年も食ってきた投手の違いを見せつけました。

 ドームに野球を見に行くのは3年8カ月ぶりでしたが、スタンドでは周りを高齢者に囲まれました。両隣は孫連れで、前は夫婦か、町内の仲間のよう。後ろは常連客の雰囲気でした。左隣の人は、興奮してくると力が入るのか何度も足がぶつかります。ぶつかっても何の言葉もありません。右隣の人はチャンスになると、「ウツ、ウッ、ウッ」と大声でうめきながら手の上下を繰り返していました。前の人はファイターズの選手が凡退を繰り返す度に「だめだ」「しっかりしろ」を繰り返していました(女性でした)。後ろの人は込んでいるにもかかわらず、座席に斜めに座り、1人で3席を使っていました。いろいろなファンが増えているようです。

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2011年3月20日 (日曜日)

仕事

 きょうは仕事です。静かな日曜日です。

 職場のデスクの前には2台のテレビがあって、日本ハムのオープン戦と震災情報を見ながらの仕事です。平常ならJリーグがあって、プロ野球のオープン戦も6試合あるという忙しい、原稿殺到の日ですが、中止になった試合が多く、静かなものです。

 いつも通りの札幌ドームの様子の画面の隣で、「80歳女性と16歳少年救出」のニュースが流れていました。心の置き場をどこにしたらよいか、分からなくなります。

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2011年3月18日 (金曜日)

午後2時46分

 東日本大震災の発生から1週間が経ちました。札幌は全く被害がなかったのですが、それでも、震災前とは別の世界を生きているような感じです。

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2011年3月17日 (木曜日)

信じたい

 福島第1原発の事故は、自衛隊の海水空中散布作戦も放射線量が高く、中止になりました。今度は警察のデモ隊対策用の高圧放水車が登場するようです。何だか打つ手がなくなっている感じです。

 昨日、NHKテレビで原子力の専門家が「原子炉は守られており、核燃料プールの水がなくなっても大ごとにはならない」というようなことを話していました。普段なら「御用学者」と切り捨てるところですが、事態が事態だけにその言葉を信じたい。これから先どうなるか、不安です。

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2011年3月16日 (水曜日)

破局への道?

 大震災は日々、深刻な被害状況が明らかになっています。被災された方々には心からお見舞いを申し上げます。また、震災で亡くなられた方々には心からお悔やみを申し上げます。

 筆舌に尽くせないほどの甚大な被害に加えて、深刻な脅威となっているのが東京電力の福島第1原発の事故です。

 私の仕事の関係でいうと、プロ野球は開幕についてセ・パの足並みがそろわず、結論を持ち越しました。原発事故の行方が分からない段階で、セ・リーグが主張するような25日開幕を決めることはあまりに時期尚早といえます。福島第1原発の事故の行方次第では、首都圏からの避難など、とてものんきに野球をやるなんて言えない非常事態になる恐れがあります。

 1カ所に6基の原発を構え、原子炉、使用済み核燃料が同時多発的に暴走して制御不能な事態に陥っています。もはや東京電力1社での対応は手に余る状況になっていることは明らかです。今の状態では破局への道を進みかねません。

 「日本の原発は事故を起こさない」が暗黙の前提でしたから、保安・復旧の要員も必要最小限の配置のはずです。そもそも事故の経験が少ないうえに、1基が事故を起こしただけでだけでもスタッフは異常な緊張を強いられるはずです。それが同時多発的に事故が続発している状況では圧倒的にマンパワーが不足しているはずです。それゆえにポンプの燃料切れを見逃したという信じられないようなミスが起きるのです。

 政府の対応も問題が多いといえます。首相は東京電力の対応に不満をもらしたそうですが、東電1社に対応を任せるのではなく、せめて6基について1基ずつ監視できるようなスタッフの大量投入。さらには人間が行けないところにはロボットの投入を含めて、被害が最小限になるように、政府、研究機関、関連業界の力を結集する形で最大限の対応をとるべきではないでしょうか。危機的状況です。

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2011年3月13日 (日曜日)

本日休業

 大震災です。マグニチュード9.0に修正されました。この未曾有の震災で、報道は大震災一色ですが、新聞社の運動部に所属する私はスポーツイベンの中止が相次ぎ、本来は日曜出勤の予定でしたが、急きょ、休みになりました。

 ところで戦前の日本は大正デモクラシーから一転して、関東大震災の後に戦争への道を突き進みました。震災に乗じた陰惨な事件もありました。今回の震災も世の中の変わり目になるのでしょうか。

 

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2011年3月 8日 (火曜日)

20度

 苫小牧から引っ越してきて昨日で1週間が経ちました。家の中は依然、片付かず、まだ数個の段ボールが転がっています。

 新居の悩みは寒さ。居間はようやく暖まってきて、昨日で最初は15度くらいだった室温が20度まで上がって来ました。ただ、寝室はずっと10度くらいで、朝起きるには気合が必要です。実家の木造住宅のような冷え込みです。

 苫小牧のマンションは玄関近くの電気温水器が熱を発していて、暖房をつけなくても室温が20度を下回ることがなかったのですが、天と地の差です。苫小牧では比較的、軽装でいられたのですが、札幌のマンションではフリースのズボンとかが必要です。

 築20年のマンションは、寒い、台所が使いづらい、ゴミ捨て場は鍵がかかっていて朝6時半から9時までしか捨てられななど不満たらたらです。調査不足でした。冷えた部屋に帰るのはつらい。 

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2011年3月 3日 (木曜日)

ネット開通

 ようやくネットが開通しました。3日間、段ボール箱と格闘していました。何とか片付けの目処が立ってきました。いつの間にか物が増えていました。自宅に戻る1年後が心配です。

 それにしても部屋が寒い。すぐ止まってしまうガス暖房は疑問符が付きます。寝室は10度ぐらいです。マンションなのに木造の建物みたいです。

 明日から仕事です。いきなり週末は通し出番でJリーグ開幕、プロ野球オープン戦と盛りだくさんです。

 それからボロ雑巾様、Sさん、来週半ばくらいにはトラクターの整備に行けそうです。

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