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2010年4月25日 (日曜日)

100敗

 わが北海道日本ハムファイターズは、楽天に3連敗しました。4月はこれで6勝15敗。通算成績7勝21敗。チームの状況は悪化の一途をたどっています。あそこまで何やってもだめだ、やっている選手も気の毒です

 あれ以上の最悪の出足はないと思われた開幕から、ロッテに3連敗した札幌ドームでの試合まででも5勝14敗(勝率.263)でした。西武戦からのビジター9試合では2勝7敗(.勝率.222)ですから、さらに負けが込みました。勝率6割と4割の間に首位から最下位まで納まるのが普通のプロ野球なのですが、独り相場崩しをしています。

 梨田監督はこの成績にいたたまれないでしょう。普通の神経なら、休養でもしないと身も心も持たないと思います。絶不調の稲葉選手の打率は2割割れに近づいていますが、代わって出す選手すらいない状況です。ここはプロ野球でよくある監督休養くらいしかないような状況になってきました。

 もともとは極貧打線でしたから2年続けて打線が良い状態が続くとは思っていませんでしたが、今季は小林コーチの急死から、菊池の骨折、森本の腰痛とキャンプ時から不吉な予兆はありました。それにしても個々の不調に加えて、故障者が続出して今後どうなるでしょうか。2軍には救世主になりそうな選手も見当たりません。

 あの初年度の楽天でも手が届かなかった100敗も夢ではありません。残り115試合で、36勝79敗(勝率.313)で達成です。今のファイターズを見ていると勝率3割を超すことさえ、非常に難しい数字に見えてしまいます。

 ところで中田選手の育成で読み違え、外国人打者なしの打線というチーム作りで大失敗したフロントは何をしているのでしょうか。

 外国人投手で使えそうなのはケッペルだけ。元気者の稲田を放出してまで取った横浜の投手たちは全滅。そのうえ開幕早々、横浜に放出した江尻はそこそこ活躍する一方、代わりの投手は名前さえ出てきません。選手以上にやることなすことだめだめです。

 速球が打てない中田選手の今季の飛躍を期待するのは難しいでしょう。態度の悪いカーライル投手を一刻も早く解雇して、打線の補強に動きだすべきではないでしょうか。まさか不振の責任を現場に押しつけ、監督休養の挙に出るのでしょうか。

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2010年4月21日 (水曜日)

素人仕事

G0420g  定山渓の雪解けが遅れています。今週末に芝のグラウンドが顔を出してくれるかどうか、ちょっと難しいかもしれません。昨日(20日)はボロ雑巾さま、S専務と定山渓でテラスのデッキづくりをしましたが、まだ20㌢ほどの雪が積もっていました。地面が顔を出しているところもほとんどありません。先週に比べて雪の厚さは半分ほどになっていましたが、景色はほとんど変わっていませんでした。

 9時半にボロ雑巾さまとクラブハウスに着きました。S専務は到着していませんでしたが、部材も機材もそろっていたので、素人2人で「勇気を出して」デッキを組み始めることにしました。土台を組んだ上に、板材を載せていくのですが、仮止めをしてスペーサーを挟んだところで、次の手順をどうするか、不安になりました。S専務に電話で確認したところ、「あと1分ほどで着きます」。到着を待つことにして、見てもらうと、なんと最も大切な骨格部分の仮止めが外れてしまい、土台が歪んでしまっていました。残念ながら、ねじを全部外して、一から始めることになりました。お粗末でした。

G0420five  それでも一気呵成に3枚を組み上げました。これで5枚、去年組んだ3枚を合わせると8枚です。残りの1枚はシラカバを生かして、木がテラスの中に立っている演出にするために、組み立ては後に残しています。

G0420const2 G0420const3_2 G0420const1

 ところで当初、テラスは連休前か連休中の完成を予定していましたが、雪解けの遅れで屋外作業ができません。連休明けに完成を目指すことにしました。今のままではグラウンドの作業も全くできません。どうなることやらです。雪解けが遅れる場合を想定して5月4日に土台や屋外作業をしようかなと思っています。サクラが満開になりそうな5月15日くらいには完成にこぎ着けたいものです。当然、テラスで花見酒ですな。

 ところで帰り道の山中は雪でした。どうなっているんだろう。

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2010年4月19日 (月曜日)

まだでした

 H島さんが昨日の定山渓の写真が届きました。春遠しです。それでも20㌢くらいは解けたかな。

G0418g

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2010年4月18日 (日曜日)

おや!

 きょうの午後1時で小金湯のアメダスポイントの積雪がゼロになりました。ということは1週間以内には定山渓グラウンドも雪が消えるでしょう。遅ればせながら芝の季節がやってきました。

 火曜日に行く予定ですが、どれくらい雪が解けているか楽しみです。

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2010年4月13日 (火曜日)

雪深し

G0412mound  昨日(12日)は、ボロ雑巾さまとS専務と定山渓に行き、テラスの組み立てをしました。グラウンドはまだ、1面の雪景色。サブグラウンド横の築山を除いて30㌢ほどの雪に覆われていました。4月に入っても気温が上がらないこともあって、雪解けが遅れています。早くても雪解けまであと1週間はかかるでしょう。

G0412d1  テラスづくりの作業は、レンガ屋Yさんの指示書を元に始めました。うろ覚えのところもあったのですが、180本の床板材の下穴開けから始めました。機械力がキモです。インパクトドライバー、ドリル3台で作業を進めました。

G0412d2  3分の1ほど穴を開け終わったところで、S専務が昨年、Yさんが残してくれたコンパネの設計図の再現に着手しました。コンパネに書かれた線に沿って土台の木材を置き、床板を組み付けていくのですが、4枚のコンパネをどう並べていくか、なかなか正解が見つかりません。最後は、昨年組んだデッキを実測して、正しく並べることができました。実は黒と緑の2種類の線があって、パズルのようになっていて作業が難航してしまいました。

G0412d3 G0412d4  私が下穴開けをしているのと並行して、ボロ雑巾さまとS専務が組み立てをしていきます。昨年の組み立てでは、木材が激しくシノって等間隔で並べるためのスペーサーを挟み込む作業にとても苦労した記憶があったのですが、今年は難なく1枚2㍉のスペーサーを4枚入れ込むことができました。1枚の大きさは3㍍×1・8㍍です。理由は分かりませんが、おそらく私たちの技術が上がったのでしょう。午後4時前に2枚を組み上げて作業終了としました。

 今年は昨年組んだ3枚に加えて、6枚を組む予定ですが、雪解け前は5枚を組んでしまい、シラカバの木を生かすため、最後の1枚はデッキの間から木が生えているような形に仕上げます。完成すると9㍍×5・4㍍の巨大テラスが完成します。今から楽しみです。

G0412pinesbefore G0412pines1  作業が終わった後は、雪のグラウンドを歩いて回りました。排水溝のマンホールのところが雪が解けているほかは1面の雪景色です。今年は手入れをする予定のサブグラウンド奥の松の辺りはすでに地面が露出していました。昨年、下枝を払ったガレージ上の松林のように人が歩けるようにしたいと思っています。

 帰りにグラウンド状況の視察に来ていた秋本さんに会いました。

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2010年4月 6日 (火曜日)

最下位決定戦

 ファイターズは楽天との最下位決定戦に敗れました。極貧打線再びという感じで、ミス続出ではとても勝てません。高橋信二のタイムリーエラーで開幕した今季は負の連鎖が延々と続いています。名実ともに最弱チームです。こうなるとちょっとやそっとでは普通のチームに戻ることはできません。

 ファイターズはこれまでがうまく行き過ぎだったので、こういうシーズンもあるでしょう。そうでないと、他のチームのファンに申し訳がありません。煮え湯を飲まされる時が来たようです。

 ほんとこのところの試合を見ていると、得点圏に走者がいても帰せない、相手がチャンスを迎えるとたちまちに点を奪われるの繰り返しで、そのうえタイムリーエラーのオンパレードです。

 記録ビデオを見ただけですが、1970年代に大リーグのレッドソックスが数十年ぶりの優勝にほとんで手をかけながら、悪夢のようなミスの連鎖で優勝を逃したシーズン終盤の試合ぶりを思い起こさせる内容です。

 こういう時は何をやってもだめでしょう。しばらくは、あり得ないような不可思議な負け方を楽しめそうです。

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2010年4月 5日 (月曜日)

我喜屋さん

 選抜高校野球大会は、沖縄の興南高校が初優勝しました。選手を率いたのは、苫小牧ゆかりの我喜屋優さん(59)です。

 我喜屋さんは1974年の社会人野球の都市対抗大会で優勝した大昭和製紙北海道(白老町)の中堅手です。

 1968年に興南高校の主将として本土復帰前の沖縄から出場して沖縄県勢で初の4強入り。大昭和富士を経て72年に大昭和北海道に入った。その2年後に黒獅子旗が初めて津軽海峡を超えた歴史的瞬間の立役者の1人となりました。その後、社会人野球が冬の時代を迎える中で、大昭和、そして、企業チームからクラブチームに転じたヴィガしらおいの監督を務めましたが、あの夏の甲子園2連覇を果たした駒大苫小牧高の香田監督にもアドバイスを送り、飛躍の影の仕掛け人といえる存在となりました。

 有名な真冬の凍てついたグラウンドでのノックや試合は、我喜屋さんが、「冬の間は練習ができない」と悩む香田監督に「雪をどけてやったら」と話したのがきっかけとも言われます。地元の野球関係者によると、冬の屋外練習は大昭和北海道が普通にやっていたことのようで、「駒大苫小牧は我喜屋さんの野球をやっただけ」とも言います。突然変異のようにも見える駒大苫小牧の全国制覇でしたが、実は全国的にも高いレベルを誇った道内の社会人野球の遺産があったのです。

 我喜屋さんは30年以上暮らした北海道を離れ、2007年に母校の指導者になりました。朝日新聞によると、「沖縄に帰るきっかけは2006年夏、指導を手伝った駒大苫小牧の準優勝だった。「高校野球も面白い」と感じていたら、母校から声がかかった」。指導を始めたその夏に甲子園に出場しました。そして今回の選抜優勝です。

 新聞の「人」欄には、興味深い記述がありました。

 「北海道では雪が積もり、沖縄では雨期にも似た梅雨がある。日本の北と南でハンディを乗り越えてきた。だからこそ『逆境を友達に』がモットー。雨の日は長靴と雨がっぱ姿で白球を追わせる。『選手は水遊びの心を持ってやり始める』と笑った。ただし、踏ん張りがきかない分、足腰の鍛錬になるのだから理にはかなっている」(共同通信)

 「春から監督となり、その夏の甲子園へ出場した。だが『最初は全国を目指せるチームではなかった』。寮の部屋は散らかし放題、選手たちは時間を守らない。『なんくるないさあ(なんとかなるさ)はいい言葉。でも、それでは勝てない』と生活態度を徹底的に改めさせた。集合時間に遅れた選手は試合に出さない。『野球は球を0・1秒でも見逃したら打てない。遅刻は厳禁』」(朝日新聞)

 逆境に立ち向かい、力強い味方にする指導者。素晴らしいですね。

 北海道からの流出が誠に残念な野球人です。苫小牧関係の話でした。

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2010年4月 2日 (金曜日)

雪解けは

 定山渓はまだ厚い雪に覆われています。隣接の小金湯のアメダスポイントの積雪は56㌢もあります。雪解けは2週間後ぐらいでしょうか。

 小金湯の過去3年のデータでは、積雪が50㌢を切ってから9-14日後で積雪ゼロになっています。この時期は1日4-5㌢のペースで雪解けが進むようなので、明日3日に50㌢を切るとした場合、13日から17日には小金湯で積雪ゼロになりそうです。定山渓グラウンドは小金湯より3-4日は雪解けが遅いので、グラウンド全面が姿を17、18日の週末に間に合うかどうかでしょう。

 テラスづくりはスタートを切りましたが、やや手持ちぶさたな感じです。来週の半ば以降に様子に見に行こうかなと思っています。野球場のセンターの松林の枝払いでもして、温泉には行ってこようかな。

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