11日に横浜・YCACで開かれたオーバー35大会に出ました。昨年秋に北海道遠征をしていただいたくるみクラブのみなさんとも再会できました。
バーバリアンズは北海道からの遠征組、首都圏のメンバーを含めて、試合途中でメンバーが総入れ替えしてもなお2人も余る32人が参加しました。また、今年はバックス陣に規定年齢に達した山崎、小松、渡辺、鈴木玄らの切り札が加わり、初優勝も狙える布陣となりました。
大会は8チームによるトーナメント戦から、今年から12チームが参加して、3チームによる1次リーグを行い、各ブロック順位ごとのトーナメントで争う形に拡大されました。バーバリアンズは1次リーグでジェントルジャイアント、昨年の初戦で苦杯をなめた東京民放連と対戦しました。
初戦のジェントルジャイアントは初出場でどんなチームか全く分かりませんでしたが、なかなかまとまったチームでした。幸先良くトライを奪ったのものの、20分一本の試合の前半の終わりは押し込まれ、粘ったと末にトライを奪われ、何とか7-5でメンバーチェンジ。後半組は相手の勢いをうまく殺して、ディーンのタックルからトライして何とか勝利を収めました。
2試合目の東京民放連戦も、前半組の高速バックスが空回りして1トライにとどまる中、高齢者の後半組も健闘して、快勝しました。ナンバー8で出たディーンが、ハーフライン付近から相手タックルを蹴散らして独走しましたが、痛恨のインゴールノックオンもありました。バーバリアンズらしからぬ試合巧者ぶりで2連勝。各ブロック1位による決勝トーナメント準決勝に進みました。
準決勝は、このところことごとく負けているホストのYCACでした。必勝態勢で臨みましたが、前半に1トライ・ゴールを許しましたが、後半は反撃。トライを返しましたが、ゴールが外れ、5-7。あと少しでという場面もありましたが、試合終了。今年も壁を越えることはできませんでした。試合は盛り上がりました。
私が初めてYCACを訪れたのは、1987年でした。20年以上も前です。その後、東京に転勤して参加させてもらったくるみクラブのオーバー30以上の
チームで、始まった当時のオーバー35大会に出させてもらいました。当時は三十代前半でしたが、いつの間にか五十歳に近い歳になりました。いつまでも若い
つもりでしたが、今年で定年退職のTさんにはおよびませんが、いつのまにやら「まだあの人やっているんだ」と言われるような年代になったようです。ただ、プレーの方は、年明けからの体作りが功を奏したのか、首の不安がありませんでした。
ところでYCACのグラウンドが人工芝に変わっていました。YCACは相当の費用をかけて芝生の維持に努めていたようですが、ついに人工芝のを選ぶに至ったようです。グラウンドには、ラグビー、サッカー、ハンドボール、さらには野球などの各種競技のラインがいろいろな色で引かれていました。ラグビーが白、サッカーは黄色でした。
YCACのグラウンドが青々とした芝生に覆われていたという記憶は残念ながらありませんが、芝は訪れる度に良くなったり悪くなったりを繰り返していました。人工芝になって、しばらくは良好な状態で試合ができることになると思います。小耳に挟んだことですが、人工芝化に伴い、YCACでは外部にグラウンド広く貸しているそうです。人工芝は酷使に耐えるので、そうした地域開放も可能になるのでしょう。
ただ、日本にラグビー文化を伝えたYCACの歴史とその役割の大きさを考えますと、人工芝化によって、自然の芝生のグラウンドでプレーをするという一つの文化が消えてしまったようで、一抹の寂しさを感じました。