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2008年12月30日 (火曜日)

今日も夜勤

 きょうも夜勤です。明日から3日間の正月休みになります。

 夕食を買いに苫小牧駅前の某スーパーに行きました。駅の南側がメーン商店街なのですが、スーパーに限って言うと、北側の2店のスーパーの方がはるかにいいです。

 駅南側は、一応、オフィス街で買い物人口が少ないのか、テナントビルの地下にあるスーパーのお総菜コーナーの質の低下は目に余るものがあります。半年前は煮魚などもあったのですが、この頃は揚げ物ばかりで、どうも触手が伸びません。

 今日も夕方に行ったのですが、店内に流れる音楽は正月ムードはなのですが、商品がさっぱりで、正月向けの食品もそれほど多くはありません。会社側がもう見放している様子が漂ってくる感じでした。

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2008年12月29日 (月曜日)

訃報デラニー・ブラムレット

 1960年代後半から70年代前半にかけてロックの新しい流れをつくった米国のバンド、デラニー&ボニーのデラニー・ブラムレットが27日、亡くなったそうです。69歳でした。

 当時、スワンプと言われた米国南部の香りを漂わせた音楽は、エリック・クラプトン、ジョージ・ハリソンはじめ数多くのミュージシャンを魅了しました。今ではギタリストより、歌手の印象が強いエリック・クラプトンですが、彼が歌うにようになったのは、デラニーのすすめでした。曲の作り方を教えたのもデラニーだったと言われています。

 1970年(たぶん)に「エリック・クラプトン」として出されたソロアルバムのタイトルについては、デラニーが「エリック・クラプトン・シングス」とすべきだと提案したそうですが、却下されたそうです。ギターの神様といわれたエリック・クラプトンが歌うことことが当時は衝撃的な出来事だったのです。エリック・クラプトンはこのあと、デラニー・アンド・ボニーのバックバンドをほとんどまるごと引き継いで、デレク・アンド・ドミノスを結成し、あの「レイラ」を生みます。

 オシドリ夫婦だったデラニー&ボニーは離婚に伴い、解散。このあと、デラニーは2、3枚のソロアルバムを出した後、30年近く、表舞台から姿を消しました。

 結婚する前の10代のボニーはアイク・アンド・ティナ・ターナーのバックで顔を黒く縫ってバックコーラスを務めていたことがあったそうですが、1970年代から80年代に大活躍したティナ・ターナーの自伝映画では、バンドリーダーの夫アイクが極悪非道な暴力夫であったと描かれていました。同じバンドリーダーで夫のデラニーも似たようなところがあったようです。また、エリック・クラプトンとの関係にも微妙なところがあったようです。

 しかし、デラニーは2000年に「sound from home」を出し、今年も「A New Kind of Blues」という新しいCDを出したばかりで、これからベテラン復活かと期待したところでしたが、突然の訃報に驚きました。冥福を祈ります。

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出番

 29日は出番で仕事です。サッカーの天皇杯を見ながら日中は過ごしました。今年は特に正月の準備もすることなく、新年を迎えることになりそうです。

 28日は昼過ぎからラグビーの大学選手権の準々決勝4試合を全部見ました。どの試合のスコア的に大差が付いてしまいました。1回戦で好カードが続いた余波でしょうか、公開抽選もいいのですが、やはり1回戦は少なくとも同じリーグ同士の対戦は避けた方がよかったのではないでしょうか。

 個人的には東海大にがんばって欲しいのですが、早稲田が準決勝で東海大を退け、決勝で帝京に雪辱して大団円を迎えるというのが全国のラグビーファンが望むシナリオでしょうか。法政-帝京は法政にけが人が多すぎる気がします。法政の展開ラグビーは好きなのですが…

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2008年12月25日 (木曜日)

1㎡170円でした 作業まとめ2

 前回の作業まとめでは、作業内容について振り返りましたが、今回はコスト面から2年目のグラウンド維持作業を見てみたいと思います。

 グラウンド関係の総支出は348万42円で、昨年の417万1514円より減りました。このうち、大型機械、井戸開削・ポンプ購入、ポール設置などの大型支出が251万9550円がありました。芝の維持・補修に関する支出は96万492円で、野球場の内野への芝生造成を含めて芝の維持管理に関するものは83万4917円でした。このほかに側溝への芝移植で12万5575円がかかりました。

 芝の維持・補修費について、さらに、メーングラウンド(8000㎡)、野球場内野(1600㎡)、野球場外野(6000㎡)に分けて見てみます。

 ■メーングラウンド
 刈り込み(25回)=ガソリン 3万4332円
 肥料散布(6回)=肥料 7万5584円
 種子追播(2回)=種子 3万2760円
 機械整備 =11万3242円 (トラクター、自走式)
 目土入れ(4回)=14万6178円 (黒土14万2128円、軽油4050円)
 散水(7回)  水道代12万900円
 各種器具 3万8478円
 計 56万1474円

 ■野球場内野 =芝造成
 種子散布(1回)=種子 13万1040円
 土壌改良(1回)=4万6830円(ピートモス2万9400円、肥料1万7430円)
 刈り込み(22回)=ガソリン 9809円
 肥料散布(6回)=肥料 1万8896円
 目土入れ(1回)=黒土 1万5792円
 器具  5870円
 計 26万8537円

 ■野球場外野
 刈り込み (11回)=ガソリン 4905円
 肥料散布(2回)= 内野に算入
 計 4905円

 ■前庭
 刈り込み(5回)= メーングラウンドに算入

 メーングラウンドは1㎡当たり70円、内野グラウンドは造成費とその後の管理を合わせて1㎡当たり168円でした。外野はほとんど刈り込みだけの粗放管理でした。芝生のグラウンドが1㎡170円ほどでできた計算です。

 来年は野球場全面でメーングラウンドの半分程度の管理をしたいと考えていますので、トラックの芝生化をしない場合の2つのグラウンドの維持管理費は、諸資材の値段が今年と同じなら85万円前後になります。ただ、肥料は依然高止まりのようですが、ガソリンが大幅に下がることに加え、ポンプの整備で16万1200円かかった水道代がガソリン代で数万程度に圧縮される効果も予想され、二つにグラウンドで70万円程度になるのではないかと考えています。

 クラブは認定NPOの取得に向けて、「グラウンド使用料無料」をうたっています。グラウンドを使用する団体には、バーバリアンズカードの加入してもらうことで、クラブに収入が入る形を取っていますが、残念ながらクラブ内でもその趣旨は必ずしも徹底されていないため、機械設備費などを除いた純粋に芝の維持に必要な肥料やガソリン代を賄うには圧倒的に不足しています。

 現在は私個人がグラウンドの維持管理に責任を持つ覚悟から、これらの費用は個人的に一部を負担していますが、今後、維持管理体制の組織化とともに、クラブとしても最低限のコスト感覚を持って、かかる費用の回収についても考えていかなければならないと思います。

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2008年12月24日 (水曜日)

札幌ドームで秋春シーズンは可能?

 22日のバーバリアンズの会合の後の飲み会で、芝生専門企業の北日本ターフマネジメント(本社・千歳市)の林社長と阪内専務にお会いしました。札幌ドームの移動式天然芝などを手かげた業者さんで、坪当たり千円単位となる従来のゴルフ場や造園業者による公共事業の芝生づくりとは一線を画し、坪百円単位の芝生づくりを掲げて、企業活動をしています。

 私はこの日が初対面だったのですが、北海道ラグビー協会が北日本ターフさんに野幌ラグビー場の芝の改修を今年、お願いして以来、バーバリアンズのメンバーを魅了、洗脳されております。お二人からはともに芝生づくりに対するほとばしるような熱い情熱が伝わってきました。

 某大手企業が施工したという札幌ドームの芝生づくりを、期間が限られる中で大手ゼネコンがみんな避ける状況で一人でやったという苦労話や、中央官庁が定めた規定で、芝生への肥料散布や刈り込みが正しく決められてないまま引き継がれて、また、規定通りの施工しかしない業者の横行が、公共施設の芝生造成・維持管理が失敗を繰り返す原因となっていることなどの話をお聞きして納得しました。

 また、業界の常識外れた手法を取りながら確実に成果を挙げる北日本ターフさんに対しては、仕事を取れられる旧来の業者の反発も大きく、様々な苦労があることなどもお聞きしました。

 そして、サッカーの秋春制への移行に関連して、気になっている質問をしてみました。真冬の札幌ドームで天然芝の上でサッカーをすることは可能か、ということです。阪内さんは、北海道で育つ冬芝には一時的にでも冬眠期間が生育には欠かせない、新たな技術の開発が必要であるとした上で、「実現は可能」と話されておりました。

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2008年12月20日 (土曜日)

作業まとめ1

 今年もあと10日余りとなりました。そろそろ今年のグラウンド整備のまとめをしたいと思っていました。試合だけに行った数日を除いて、今年に定山渓に行ったのは3月31日の下見から12月8日の車庫の屋根補修までの間で53回でした。昨年は39回でしたから、14回も定山渓通いが増えました。

 月別では、3月1回、4月5回、5月9回、6月9回、7月9回、8月7回、9月6回、10月4回、11月2回、12月1回でした。今年は雪解けが4月の初めと早く、4月の連休直前まで雪が残っていた昨年に比べて、スタートが早かったせいもありそうです。また、5月は野球場の内野に芝生を造成するための準備で回数が増えました。通常は、この時期は、雪解け後の肥料散布の後は、芝の生長を待って刈り込みを始めるので、それほど出動回数は増えません。また、6月、7月は芝生を造成した野球場内野とメーングラウンドで週2回の刈り込みを心がけたことや、野球場の芝が気になって回数が増えました。

 主な作業は次の通りです。
 刈り込み-メーン25回、野球場内野22回、外野11回、クラブハウス前庭5回
 肥料散布-メーン6回、内野6回、外野2回
 種子追播-メーン2回、内野1回
 芝生造成-内野1回
 目土入れ-メーン4回、内野1回

 今年は昨年以上に6-7月と9月に雨不足に苦しみましたが、野球場の内野で初めて挑戦した芝生の造成も、それなりの状態になったのではないかと、考えていますが、いかがでしょうか。10月以降の長雨で芝が広がったようで、手応えをつかみました。来年は、散水設備が整備されることになっており、今年以上にレベルアップできそうです。

 来年は、おじさん、コーチ陣を巻き込んで芝刈り・整備隊を少しずつ整えていこうと思っています。平日は、定年退職で、時間に余裕ができる方がいますし、週末は練習や試合の前後に刈り込み、散水作業をできるスタッフを着実に育てていきたい、と思います。

 ①平日に刈り込みと天気の状況を見ながら散水をしてくれる人②土曜日の練習の前か、後に散水をしてくれる人③日曜日の試合後に刈り込みしてくれる人-このサイクル、役割分担ができれば、何も言うことはないと思っています。この人たちが核になって、次の人たちに指導できるようになれば、数年後にはクラブにはたくさんの芝博士が生まれるでしょう。

 余談ですが、苫小牧からは支笏湖経由の片道75㌔が最短なので、往復150㌔として7650㌔も走りました。これだから、タイヤもつんつるてんに減ってしまうはずです。妙に納得してしまいました。ちょうど、この時期は原油高騰の直撃を受けました。軽油ですら1㍑150円代になりました。それがちょうど定山渓に通う回数が少なくなった11月ごろからガソリン、軽油の値段も急激に下がりました。

 3往復に1回の割合で給油をするのですが、どんなものでも金儲けの種にする欲の皮の突っ張った人たちの強欲に今年は泣かされましたweep

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2008年12月15日 (月曜日)

ツルツル路面

T1214ice  週末の苫小牧は木曜日に降った雪が冷えて固まってしまい、車道も歩道もツルツル路面になって普通に歩くだけでも危険な状態でした。

 左背中が痛みだしてから、急に健康志向になった私は、ツルツル路面にもかかわらず、土曜、日曜ともに北大研究林まで軽くジョギングしてきました。土曜日は曇りでしたが、日曜日は気持ちの良い快晴でした。

 人が歩くところは、足を踏み出すにも用心が必要なほどのアイスバーンT1214tarになっていましたが、舗装道路から外れて、研究林の林道に入った途端、道が優しくなりました。車が数台通っただけと思われる雪道は、アイスバーンではなく、ちょうどよいクッショ ン感のある圧雪状態でした。林の中は2カ所のアップダウンがありますが、足を滑らせることなく走ることが出来ました。途中の道央自動車道をまたぐ橋からは雪化粧した樽前山がきれいに見えました。

 日曜日は昼すぎに走り出し、戻ってからラグビートップリーグの中継を見ました。そのうちサントリー-近鉄戦では、退場者が出した近鉄がトライを立て続けに奪われ、試合が決まってしまいました。退場者が出た場面では、近鉄主将のルーク・トンプソンの日本語に対して、レフリーが「ナンバー、イレブン」などと英語で呼びかけるちぐはくなやりとりがあった後、差し出されたレッドカードにトンプソンが「なんで」と声を上げて、憤慨した場面が妙に印象に残りました。

 私も微妙な判定に思えました。

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2008年12月11日 (木曜日)

訃報

 元スズキスポーツの松尾孝志さんが11月30日になくなられました。享年60歳でした。

 松尾さんは1987年の第1回ラグビーワールドカップの観戦ツアーで、田尻さん、谷黒さん、ニュージーランドからきたマーク・イーリー氏らとともに参加、その後、末永く友好関係が続きました。ボーミッツ時代からバーバリアンズを温かく見守ってくれました。

 スズキスポーツの顔としてラグビー界に幅広い人脈を持ち、北海道の一クラブにすぎなかったバーバリアンズが活動を広げる機会を広くつくっていただいたほか、YCACのメンバーとして日本最古のラグビークラブとバーバリアンズとの交流の橋渡しをしてくれました。YCACとの交流は、多くのクラブのメンバーが本物のクラブの姿に触れることで、今日のクラブハウスとグラウンドを持つに至る原点となりました。バーバリアンズが今日に至るクラブの恩人といえる人でした。

 最近はYCACのオーバー35歳以上大会では、試合に出られることはなくなっていましたが、クラブの重鎮の田尻さん、谷黒さんのプレーの師匠として数々の対戦をしました。また、夏の北海道選手権には営業も兼ねて足を運ばれ、小樽の海の幸をことのほか楽しみにされ、我々のメンバーとラグビー談議に花を咲かせたものでした。

 できることなら一度、定山渓グラウンドに足を運んでいただき、クラブハウスで酒をくみかわしたかったものです。ご冥福をお祈りいたします。

 お別れの会が12月10日午後1時半から神奈川県三浦市の三浦市営火葬場で行われます。

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2008年12月 8日 (月曜日)

最後の作業

G1207comp  7日は、谷黒さん、織田さんと一緒に定山渓グラウンドの車庫の屋根補修の仕上げをしました。

 土曜日からの雪で、定山渓グラウンドは30㌢ほどの積雪に埋まっていました。グラウンドの奥にある車庫まで車で入れないのではと思うほどの雪でしたが、新雪で軽い雪でしたので、難なく進むことができました。午前11時に集合したときには、札幌スキー少年団の子ども達が距離スキーのコースづくりを兼ねて走り回っていました。

 作業は、前回、2本だけ立てた支柱をさらに4本追加する作業です。クラブハウスの横に放置されていた鉄パイプを活用しました。また、パイプを固定するジャッキは、織田さんが現場から譲り受けた中古のものを持参してくれました。冷え込みは厳しいものでしたが、3人の呼吸がピッタリ合って作業は快調そのものでした。1時間半もかからずに補強作業は完了しました。

G1207snow  雪の中に放置されたスクラムマシーンを入れる場所を作って、3人で移動しようとしましたが、出来ませんでした。屈強な男達が数人いれば、車庫内に移動できるかもしれません。もし余裕があれば、やって欲しいものです。ただ、結構ぎりぎりの設定でしたので、せっかく入れようとしても車庫に収まりきらない場合も予想されますので、機材の計測などの段取りは慎重にお願いします。

G1207shako  それにしても、今回の補強作業で支出したのは木材6本分だけでした。昨年の春には使用不能とされた車庫ですが、今回の処置で寿命が延びそうです。

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2008年12月 2日 (火曜日)

おかげさまで

 おかげさまで背中の痛みは日曜日の朝に起きると、信じられないほど軽快していました。それまでの首の痛みもなくなったようでした。久しぶりにすっきりとした気分で起き上がることができました。

 それにしても先週は、健康不安に揺れた一週間でした。もちろん不摂生もあったのですが。金曜日に飲み過ぎたこともあって、一歩も外に出ることもなくままに土曜日は休肝日にしまし た。そして首をぐいとやってしまったあの夜でした。

 火曜日には健康診断があったのですが、血圧が130台と90台でした。血圧は低い方なので、二日酔い以外ではこんなに高かったことがなかったので動揺してしまいました。その夜は、なんと休肝日にしてしまいました。

 この後に追い打ちをかけたのが、背中の痛みでした。体が弱ってるようなので、何と11時前に寝たのですが、痛みで夜中の1時半に目が覚めてしまいました。その後は、いてもたってもいられない痛みで、ソファに横になったり、ベッドに戻ったりと眠れないままに過ごしました。家で独り、痛みに耐えるというのも実にわびしいというか、寂しいものです。内臓でも悪くして、眠れない夜をすごすということはこんなものか、と思いました。

 50歳に近くなると体も弱ってしまうものなのですね。いままでこんなことはなかったのに。インターネットで調べると、左背中の痛みは膵臓ガンの兆候などと書かれているではありませんか。突然、健康志向に目覚めて、一週間で3日目の休肝日を作ってしまいました。

1130sky それでも無事、日曜日の昼には何事もなかったように良くなりました。久しぶりに北大の研究林まで走りました。それほど寒くなく、非常にいい天気でした。背中の痛みもなく、走ることが出来ました。ひとまずは大丈夫なようです。

 ただ、背中がかゆくなってきたので、キネシオテープを外すと、違和感が戻ってくるような感じがします。ホッチャレさんが言うように長期戦になるのかもしれません。寄る年波に勝てませんね。とてもボロ雑巾さんのように還暦まではできないでしょう。とても弱気です。

 

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