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2007年12月30日 (日曜日)

歳末

 30日は、今年最後のお勤めです。苫小牧は昨日の雨で道路は雪がほとんど消えました。気温も高めで、何か春のようです。明日の大晦日は軽い気持ちで走れそうです。雪がないことはいいことなのですが、ここまでないと、やはり温暖化の影響なのかと思ってしまいます。

 アメダスでは、苫小牧の積雪は1センチ。定山渓の隣の小金湯は21センチですから、やはり定山渓は雪が多いですね。わずか70キロの距離ですが、これほどの違いがあります。

 そういえば、秋からは苫小牧は晴れる日が多いのですが、以前に住んだ十勝の本別に比べると、すっきり晴れているという感じはしません。何か千歳、札幌方面の北から西にかけていつも雪雲が迫って来ているようで、快晴という気がしません。そういえば、家から見える樽前山も背には雲を背負っていることが多いようです。同じ太平洋側の少雪地域とはいえ、違うものですね。

 新年もよろしくお願いします。

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2007年12月27日 (木曜日)

イエローカード

 あと5日でお正月です。歳末いかがお過ごしですか。

 実は先週から今週にかけて、突然、右ひじが言うことをきかなくなりました。夜、家に帰って、何とはなしにチューブを引っ張ってみると、右手だけが力が入らない。おかしいなあ、と思いました。

 翌朝も、やはり力が入らない。おかしいなあ、と思いながら、「筋肉に活を入れれば治るかも」と、チューブトレーニングの本を見ながら、アップライトローイングとか、プレスとかやってみました。これといって痛いわけでなく、何もせずに会社の忘年会に出かけました。すると、なんとビールを入れたコップが重いのです。口に持ってくるのが、やっとという感じでした。変だな、と思いながらも、酔った勢いで、その宴会は乗り切りました。

 さて、翌日、目が覚めると、ひじが伸ばしても、曲げても痛いのです。ひじを軽く曲げた状態にしておかないと、鋭い痛みが走るようになりました。なによりひじを120度以上曲げると痛くて、顔に手を近づけることもできなくなりました。こうなると深刻です。

 最悪だったのは、食事でした。肘を曲げると痛いので、箸で食べ物を口に運ぶのが大変でした。口まで5センチのところまで持ってくることはできるのですが、その先が大変。肘をテーブルにつけたまま、左手で箸を持っている右手を持ち上げることで、何とか口に入れることが始末でした。もちろん右手では歯を磨くこともできません。顔を洗うのにも往生しました。幸か不幸か、パソコンのキーボードの操作には何の不自由もありませんでした。

 翌日には少し改善が見られましたが、寝ている時が大変でした。何かの拍子に腕が伸びると、激痛が走って目が覚めるので、安心して寝られません。不自然な格好で寝ていると、熟睡できず、これには参りました。

Xmaschiken こんな状態でも、食い意地が張っているので、24日のクリスマスイブには、右肘痛を押してローストチキンをつくりました。どうです、この出来映え。ただ、今回は欲張って、ちょっと失敗してしまいました。

正統派の作り方では、チキンの下にタマネギとかにんじんの皮のくず野菜を敷いて、その焦げでブラウンソースを作るのですが、私は、大量にタマネギ、にんじんを刻んで、焼き上がった野菜を再利用してカレーにしています。じっくりローストされた油と野菜は絶妙な素材です。今回は、油受けの役目をかねて底の浅い鍋にチキンと野菜を入れてみることにしました。オーブンの下皿を洗う手間を省くためでした。ところが容量の小さい電子レンジのオーブンでは、鍋の下は熱が回らず、見た目はきれいに焼けていたのですが、中は焼きが甘いままでした。焼き直してしまいました。単身の身で一度には食べきれないので、連日、カレーをチキンの後始末をしています。

Xmasbeens クリスマスイブのもう一つのおつまみは、白花豆のベーコン巻きです。スープで煮た白花豆をベーコンで巻いて、200度くらいのオーブンで10分から15分ほど焼き上げるものです。豆は、コンソメなど塩味風の味付けで一度沸騰させてから1時間くらい弱火で煮て、そのあとは毛布などにくるんで半日ほど放っておけば、ほどよい煮豆になります。もちろん、とろ火で何時間か煮てもOKです。ベーコンを巻くのが面倒かもしれませんが、それほど手間いらずでできます。

 それにしても突然の右ひじ痛。何かの呪いでしょうか。食べ物を口に運べことが大変だったことからして、体重増を警戒する気持ちが形にとなって体に警告を発したとしか思えませんでした。暴飲暴食の年末年始に向けたイエローカードだったのかもしれません。

Xmassunset_2 おまけ。きのう(26日)は、買い物をして店を出ると、夕日を浴びて飛行機雲がきれいに伸びていました。残念ながら家に戻ったときは、消えかかっていました。

 

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2007年12月23日 (日曜日)

忘年会

 バーバリアンズのおじさんチームの忘年会が21日の金曜日にJR桑園駅近くの焼肉店「シルクロード」でありました。苫小牧から私も参加しました。最年長は60代のY判事から最年長は大学3年生のアメちゃんまで二十人近くが参加して盛況でした。

 クリスマス前の連休とあって、忘年会グループもおり、お店も繁盛していました。ちなみにシルクロードとバーバリアンズのクラブハウスとして使わせてもらっている2階の「ブライアンブルー」は、バーバリアンズカードに入会していただくと、カード会員特典として、シルクロードは10%引き、ブライアンブルーはワンドリンク100円引きとなります。

 グラウンドとクラブハウスの話にもなりました。来シーズンは、できるだけジュニアを含めた多くのメンバーに使ってもらうために、提案しました。、おじさんチームは正午、Bチームは午後1時、Aチームは午後2時過ぎなど、と試合開始時間を固定し、おじさんチームの試合前にジュニア、ユースの試合や練習を入れるというものです。

 おじさんチームは、ジュニアのコーチ兼任の人が多く、これまでは、ジュニアの試合が別会場で行われるときは、涙をのんで、自らのプレーを断念していた人が少なくありませんでした。できるだけ、おじさんチームとジュニアの試合会場と試合時間を接近させて行けば、楽しみが増えると思います。また、ジュニアの前でタックルを外せない、歩いているところを見せられないという気持ちが、おじさんチームのレベルアップにつながると思います。

 来シーズンは、親子で楽しめる定山渓を目指したいと思います。そのためにもいい芝生にしなければ行けないと決意を新たにしました。

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2007年12月19日 (水曜日)

安物買い

 先日、雪の夜に飲んだあと、家に自転車で帰る途中で、変速機のワイヤーが切れました。翌日、自転車屋さんに駆け込みました。ワイヤー一本くらいなら千円以内で収まるだろうと考えていました。

 ところが、自転車屋のおじさんが変速機を外してみると、がっちり組み立てられていてワイヤーを外すことが出来ません。おじさん曰く、「最近はなんでもアセンブリー交換で、何でも変えなければならないんだ」。結局、3800円のワイヤー付き変速機を付け替えることになりました。

 ありゃありゃ、大変なことになってしまった、と思いました。
何しろ自転車自体が、札幌市の郊外にある、放置自転車を組み立て直して売っている店で買ったもので、値段は確か5500円。すでに1500円の錠の鍵を壊してし まったのと併せて、錠だけで4000円近い投資をしています。今回のワイヤー切れで自転車の本体価格を上回ってしまいました。 

 世の中、いろいろと便利になって素人が部材を買うだけで技術がなくても修理や組み立てができるようになる一方で、簡単な修理にも余計なお金がかかるようになってしまいした。省エネ、省資源といいながら、全く逆行しています。そのうち街の自転車屋さんがなくなり、パンクを修理する人がいなくなって、ネットでタイヤごと注文して交換するなんて時代が来たら嫌ですね。

 変速機の取り替えにもやや手間取っていたようなので、このうえ技術料なんか取られたら、一体とどれほどかかるか分からないと内心冷や冷やしていました。自動車や家電製品の修理代は馬鹿になりませんから。でもこのおじさん人がよいのか、自転車業界がそうなのか、請求されたのは部品代だけでした。とても助かったような気がしました。

 自転車は快調で、雪の少ない苫小牧では、このまま冬も通して乗れそうです。


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2007年12月17日 (月曜日)

東高西低

 16日の日曜日はJスポーツで全国大学選手権4試合とトップリーグ1試合の放送がありました。つまみ食いしながら見ました。

 大学選手権は、関西1位の同大が筑波に敗れるなど、京産大が残っただけの厳しい戦いとなりました。一方、関東勢は早大が中大にやや手こずったものの大勝するなど東高西低を印象づけました。特に早大のほかにも大体大を蹴散らした慶大、大東大を完封した明大など対抗戦勢は全勝で、強さが目立ちました。

 不祥事の関東学院が出場しない今大会で、多少、早大に対抗できそうなのは、昨年までバーバリアンズでプロップを務めたジョシュアがいる東海大でしょうか。体格的にも抵抗できそうです。ただ1回戦を見たところでは、攻め手が多彩というか、ポイントが絞り切れていない印象で、早大以外の対抗戦グループの相手にも厳しい戦いになりそうな気がしました。

 三洋-東芝戦は、力強さを欠く東芝が三洋にいいようにやられました。今季はここ一番で取りきる力強さが少し影を潜めているようです。トップリーグも王者交代の時を迎えているようです。

 昨日は天気はよかったのですが、寒さが厳しかった。ランニングに出かけたのですが、30分で切り上げました。

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2007年12月13日 (木曜日)

獣道

 12日は、夕方からの仕事を片づける前に、苫小牧市内の高丘森林公園をひとっ走りしました。市街地に隣接する公園ですが、市街地側の方はともかく、奥の方の遊歩道はほとんど舗装されておらす、ほとんど林道のようです。前に一度走りましたが、今回は舗装されていない、遊歩道の方を走ってみました。

Kemonomichi 都会の方は、遊歩道というときちんと整備された道を思い浮かべるかもしれません。私もそれくらいの手入れはされているのではないかと思っていましたが、以前にも書いたように完全な山道です。ほとんど獣道です。この季節は熊も冬眠に入っているので、走っていて出くわすことはないと思いますが、木の葉が完全に落ちてしまった森の中は、見通しがよく、ひょっとして熊が出るのではないかと思ってしまいます。

Sunset_2 道は凸凹なうえに枯れ葉が積もっていて、どんな状態か分からない。無理して道を付けたように急な坂になっていたりで結構タフな道です。森林公園の中には、大半の木を切り倒して、芝生を張って「○○の森」の名前をつけているところが少なくありません。それに比べれば、苫小牧の高丘森林公園は野生味あふれる、どちらかといえば天然林に近い方です。

Hageyama ただ、残念だったのは、途中で木が倒されて、丸はげになっているところがあったことです。看板があって「○○改良事業」とありました。一昔前の植林の発想で、全部木を切り倒してから苗木を植える皆伐が行われていました。切り倒され、重機で集められた木々の残骸はさながら、大虐殺の跡のようでした。なにも森林公園で山を丸裸にして、植林するようなことをしなくても良さそうな気がしました。公園の担当者は一体何を考えているのかな、と小言の一つも言いたくなりました。

Tarumae_2 目を覆いたくなるような光景でしたが、途中には樽前山を望む景色のよいところがあったり、小川に夕日が反射して何とも言えない雰囲気の場  所もありました。家からもっとも奥深いところで片道で30分ほど。14日の天気予報では積雪となるそうで、今年最後のランニングになるかもしれまNuma_2せんが、来年は大いに楽しめそうです。


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2007年12月12日 (水曜日)

時価

 先日、散髪に行ってきました。

 家の周りには4軒ほど理容室があります。1980円と看板を出している理容室に行ったところ、一人でやっているらしく待っている人もいて、「時間かかりますよ」と言われて断念。仕方なく別のところに行ってみると、ここもお客さんが入っていて、窓からのぞいただけであきらめました。

 そして3軒目。お客さんはいませんでした。夫婦で理容室と美容室をやっているようで、店はやや大きめでした。愛想のいい店主は、何かと話しかけてきて、「今度良かったら、また、頭をさわらせてください」などと言ってくる。喜茂別出身で、小樽で修行をして20代半ばで苫小牧で店を出して、最初の店は人に譲って、ここはもう20年になるというお話。

 確かに襟足をバリカンで刈るような激安の店もあるなかでは、随分と丁寧にはさみを入れてくれる。まあ、苫小牧で散髪に行く店も決まっていないし、少しくらい高くても、ここでもいいかと思い始めてました。

 そして支払い。「4900円です」。札幌では、1980円の理容室しか行ったことがなかったので、最近の料金設定は分かりませんが、一回髪を切るだけで5000円もかかるとは思いませんでした。そういえば、店内には料金が表示されていませんでした。こんなところにも時価はあるのでしょうか。二度と行きません。

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2007年12月 7日 (金曜日)

1時間54分58秒

 きょう7日は皆さんより1日早く休みだったので、苫小牧市の西の外れにある温泉・アルテYunominoyu_2 ンゆのみの湯に走って行ってきました。芝刈りがなくなったら、一度行ってみたいと思っていました。数日、続いた冷え込みも弱まり、雪が積もっていない苫小牧では、絶好のランニング日和となりました。とはいっても相当の厚着でしたが。

 以前にマピオンの距離測で調べた記憶では、家から12キロか13キロだったと思っていたので、気軽にどんなに時間がかかっても1時間半と思って走り出しました。行き方は、太いバイパスに出てそのまま一直線に西に向かい、突き当たりを右に曲がって2キロほど行けば着く迷いようがない道でした。

 完全になまった体は言うことをききません。ほとんどジョギングにもならないようなペースで西に向かいました。ところが、途切れるはずの市街地が延々と続いて時間が経つばかりでした。まだまだ、街並みが続いているところで1時間を経過。そうしているうちに足は棒のようTarumaesan になってきました。1時間ばかり走ったぐらいで、この有様とは。つくづく不摂生を感じます。突き当たりの丁字路に着いて、樽前山が正面に見えるようになってきました。看板にはあと2.6キロとありました。とぼとぼとほとんど歩くくらいでなんとかたどり着きました。所要時間は1時間54分58秒でした。さすが2時間近くになるとは、衰えた体は悲鳴を上げました。

Ground  オートキャンプ場なので少し周囲を歩きました。芝のグラウンドがあって無骨ながらラグビーポールが立っていました。犬と遊んでいる人がいましたが、ここなら練習が今でも練習が出来そうでした。

 温泉はなかなかのものでした。乳酸対策に20分ほどジャグジーに浸かって、露天風呂に行きました。源泉掛け流しの湯船は、黄土色でいかにも濃い温泉でした。透明度は5センチあるかないか。看板には「塩化ナトリウム強塩泉」とありました。疲れが取れるわけもなく、路線バスで帰路に就きました。

 苫小牧の中心街に向かうバスはちょうど高校生の帰宅時間と重なって込み合いました。途中の苫小牧駒澤大学では野球部が夜間照明を点けて練習をしていました。前に立っていた人に遠慮しているうちに乗り越して、「私たちはハプニングに強い女になるの」などと話している女子高生の会話を楽しんでいると、40分ほどで苫小牧駅前に着きました。駅前(本当は駅裏)のスーパーで買い物をしてから家に帰りました。

 家に帰ってマピオンで調べてみると、距離は15・5キロありました。ひどいペースで走ったことには変わりませんが、少し安心しました。

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2007年12月 4日 (火曜日)

野球五輪予選

 野球の日本代表が3日のアジア予選で、台湾を破り、北京五輪出場を決めました。4年前の五輪予選は札幌ドームで行われ、第2戦の台湾戦をスタンドから見てました。4年前の選手の顔ぶれを思い出しながら、この4年間にプロ野球もずいぶんと変わったものだと思いました。

 4年前のアジア予選は、日本ハムの札幌移転の前年の11月に札幌ドームを会場に行われました。プロ野球の処女地の北海道への球団移転には期待もありましたが、巨人王国の北海道で受け入れられるかは、正直言って疑問視されていました。日本ハムの球団を移転を盛り上げる意味もあって、札幌ドームでのアジア予選開催が実現しました。

 当時の先発メンバーは、松井稼、宮本、高橋由、城島、福留、谷、井端、小笠原、二岡で、先発投手は上原、松坂、当時は新人の和田でした。巨人、ソフトバンク、中日、西武の選手が主力を担っていました。パ・リーグの弱小球団から選ばれたのは、小笠原、谷くらいでした。巨人の主力となった現在ではありえないでしょうが、パ・リーグの2年連続首位打者に輝いた小笠原ですら8番打者でした。もちろん日本ハムからは唯一の選出でした。

 北海道で当時、札幌ドームを満員にできるのは、プロ野球では巨人戦以外に考えらませんでした。私の職場でも、「サッカーワールドカップのイングランド戦以来、札幌ドームを満員になるような出来事は当分ないだろう」と話をしていました。

 札幌ドームでのアジア予選は、台湾戦で27、800人、韓国戦は39、000人でしたが、満員にはなりませんでした。台湾戦の空席の目立つスタンドを見渡しても、「北海道ではこんなものかな」というのが実感でした。その中で、打席に入る時の小笠原に対するひときわ大きな声援が印象に残りました。人気絶頂だった巨人勢の高橋由、二岡をはるかに上回っていました。そこに北海道の野球ファンの翌年の日本ハムの球団移転に対する期待を感じました。

 このアジア予選後、アテネ五輪が行われた2004年は、日本ハムの球団移転元年でもあり、プロ野球が揺れた激動の一年でありました。パ・リーグでは、プレーオフが始まり、近鉄とオリックスの合併に端を発した球界再編、選手会のスト、新球団の楽天の誕生、さらにダイエーからソフトバンクへの交代など、グラウンド内外で激動がありました。

 球界再編騒動の中で、私がプロ野球が変わりつつあると実感したのは、パ・リーグのレギュラーシーズン終盤の日本ハムとロッテの3位争いでした。3位攻防戦の千葉マリンスタジアムはほぼ満員の観客で埋まり、その後の札幌ドームでのダイエー戦もほぼ満員の大観衆で埋まりました。ダイエー(当時)を除いて閑古鳥がなくスタンドが相場だったパ・リーグでは大事件が起こりました。このうねりは、翌年のロッテの日本一に結実し、昨年の日本ハムの日本一、さらに日本ハムのリーグ連覇と続きました。

 さて、今回の日本代表は、ダルビッシュ、成瀬、稲葉、西岡、里崎ら前回の予選以後に力を付けたロッテ、日本ハムの選手も主軸を担いました。星野監督の好みもあって打線の中軸はセ・リーグの選手が担いましたが、ここ一番で仕事をしたのは西岡、大村、稲葉でした。もう一人印象に残ったのは広島の新井です。阪神に移って大化けしそうです。

 昨年のWBCも同じですが、日本代表の顔ぶれを見ていると、この4年間に起きた変化の大きさが分かります。いまや札幌ドームでの日本ハムの試合で満員になることは珍しいことではなくなりました。来年の五輪には前回は存在しなかった楽天から田中が選ばれるかもしれません。新しい力に期待したいものです。

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2007年12月 3日 (月曜日)

冬仕舞い

 1日の土曜日は、定山渓の冬仕舞いをしました。札幌市内でも途中の沿線は雪が積もっていませんでしたが、定山渓手前のトンネルを過ぎると、景色は一変。わがJG Bも10センチほどですが、すっかり雪に埋まっていました。

 午後1時にメンバーが10人ほどが集合。フロアを中心に床ふき掃除などを行いました。拭き掃除に使う水は、隣の消防署からもらいました。平島GMが掃除機を購入してきましたが、あいにくの充電式で始動まで時間がかかったため、クラブハウスにあった大型掃除機を使ってみたところ、ちゃんと動きました。30分ほど使って、たまったゴミを捨ててから、再度、掃除をしようとしたところ、ピクリとも動かず。渡辺君の蘇生の試みもむなしく、昇天してしまいました。そのまま粗大ゴミとなりました。最後にグラウンドの撮影塔の転落防止ネットを外して車庫に入れ、クラブハウス内にあったゴミを各自が持ち帰って、作業は終了となりました。

 クラブハウスの方は、天の声があったのか、専門業者の方が入られて、入り口、窓が木枠で覆われ、閉鎖となりました。来年の春までクラブハウスの出入りは、ボイラー室に限られることになりました。

Hokudai2_2 すでに雪景色の定山渓は冬仕舞いをしましたが、苫小牧は空っ風が吹いてます。2日の日曜日は、久しぶりにランニングをしまいした。最高気温4度のなかで、北大の苫小牧研究林を走ってきました。

 苫小牧研究林は、苫小牧市街地の北側の台地に広がる2715ヘクタールの広大な森林です。研究林は葉が茂っているときは、ちょっと怖い(熊が出てくるかもしれないので)雰囲気の森ですが、葉が落ちて見通しがよくなると、下を見下ろすと、意外にすぐそばに道路があったりして違った表情をHokudai1見せてくれます。(市街地が海沿いに沿って横長に伸び、海岸から2キロほどの後背地は支笏洞爺国立公園につながる森林が広がっている苫小牧では、いたるところが「熊出没注意」です)。私がふだん走っているのは、支笏国道(276号)から上り坂を上がっていく道で、研究林では市街地寄り場所です。火山灰を固めた林道はアップダウンがあって、小一時間で走るには最適です。

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